漁業
Civでは太古のテクノロジーである「帆走」を取得する事によって、作業船(漁船)が作成可能となります。この漁業は食料の入手ですから、4)飲水と飲食、排便に関わる技術です。
Wikiで漁業を調べると「漁業」ページがヒットします。しかしその歴史の始まりは16世紀のオランダによる北海ニシン船団ですから、余りにも近代過ぎます。
そこで席亭が過去に調査したページから、そのヒントを探る事にします。
1)「食料の調達」ページ:海藻、魚介類、魚、海産物、とあります。
2)「採集」ページ:貝や魚介類、ハマグリ、アサリ、カキ、イワシ、サバ、マグロ、ハマグリ、アサリ、カキ、シジミ、二枚貝、スズキ、ボラ、クロダイ、コチ、骨角器、ヤス、石錘、漁網、
イワシ、サバ、マグロ、カジキ、マグロ、サワラ、シイラ、サメ、サケやマス、とあります。
ですからまず最初に水産物の種類を調べ、その入手方法を調査する事にします。Wikiの「Category:水産物」のページには、以下の様な水産物が列挙されています。
1)魚類、貝類および甲殻類
2)食用海藻、食用貝、食用甲殻類、食用魚、真珠
3)鯨骨、鯨肉、座礁鯨
水産物の種類は、この程度で良いでしょう。ですが、それでもかなりの量です。
またWikiの「魚介類」ページにも、水産物の説明が記されています。
1)水産物は、魚介類の意味に追加して藻類も含まれる。
2)農林水産省の告示した生鮮食品品質基準の用語の定義においては、生鮮食品中の水産物について次の分類が書かれている。
1.魚類、2.貝類、3.水産動物類(甲殻類、かめなど)、4.海産ほ乳類(鯨など)、5.海藻類
3)水産物中では、海産のものに限って海産物とし、湖沼産や河川産のものを淡水産物と区別することがある。
古代においては、やはり陸に近い淡水産物の方が入手は容易でしょう。また水産物の取得の最初は、やはり海藻や貝などの採集であったと思われます。
4)養殖された水産物を養殖水産物と称し、それ以外の水産物を天然水産物として区別することがある。
海苔も、普通はこの養殖水産物です。という訳で、以下藻類、貝類、魚、魚以外、鯨、真珠の順に調査する事にします。
Wikiの「藻類」のページには、食用藻類が記されています。
1)海藻には食用のものがかなり含まれている。
2)コンブ:マコンブなど、ワカメ、海苔:アサクサノリやスサビノリなど、原始紅藻亜綱ウシケノリ科アマノリ属のものが材料となる。アオノリ:緑藻類アノサ科アオサ属の藻、テングサ:マクサを中心とした、紅藻類テングサ科の海藻の総称。
寒天や心太の材料。
心太は、ところてんと読みます。心太は昔は立派なおやつ(〜酢醤油)でしたが、心太をおやつで食べる人は今は少ないのでしょう。
3)淡水の藻(川藻など)、スイゼンジノリなどの淡水産藍藻も食用に供される。メコン川では、カモジシオグサ(現地での呼び名:カイ)が、カイペーンなどに加工されて食用とされる。
カイペーンは味付けのり風のおつまみだそうです。
Wikiの「コンブ」ページの歴史には、
1)『爾雅』(紀元前3世紀〜2世紀ころ)には、『綸似綸、組似組、東海有之。』「綸(という発音で呼ばれているもの)は綸に似ている。組(という発音で呼ばれているもの)は組に似ている。これは東海にある」と書かれており、
『呉普本草』(3世紀前半〜中葉)には綸布の別名が昆布であるとする。また、陶弘景(456−536年)は、「昆布」が食べられることを記している。ただし、前述のように、この「昆布」が日本で言う昆布と同じものなのかは定かでない。
2)日本では、古くから昆布が食べられてきた。縄文時代の遺跡からは、ワカメなどの海藻の植物遺存体が見つかっており、コンブもまた、この時代から食されていたかもしれない。
文字資料で残っているものとしては、前述の「軍布(め)」は、音から推測して、コンブであった可能性がある。続日本紀(797年)の霊亀元年(715年)十月丁丑条には、蝦夷(大和朝廷に属さない東北人一般とする説と、アイヌ人説がある)の
須賀古麻比留が「先祖代々、朝廷に献上している昆布はこの地で取れるもので、毎年欠かしたことがない」と言った、とある。平安時代の延喜式(927年)にも、陸奥から貢納されていたことが記されている。
安土桃山時代には城建築の際に石を滑らせるための材料として使用していた。安土城や大坂城でもこの工法が使われている。
縄文時代の始期は1万6000±850年前、とあります。
Wikiの「ワカメ」ページの人間との関わりには、
1)日本ではワカメは古くから食用とされてきた。縄文時代の遺跡からはワカメを含む海藻の遺存体が見つかっており、この時代から食されていたと考えられている。
2)海藻を食用とする国は世界中に多数あるが、ワカメを食用とする国は日本および韓国・北朝鮮(朝鮮半島)のみである。また中華人民共和国でも日本輸出向けのワカメが盛んに生産されているにもかかわらず、
中国ではワカメを食べる習慣はなかった。
これらの藻の採取方法は記述されていませんが、別のページには海岸に打ち上げられた、潮が引いた岩場に生育、とあります。またワカメは海に浮かぶそうです。また現代では、養殖されるものも有ります。
Wikiの「海苔」ページの歴史には、
1)海苔については、古くは奈良時代初期に編纂された『常陸国風土記』に登場しており、ヤマトタケルに関して次のような記述が見られる。
2)「古老の曰(い)へらく、倭武の天皇 海辺に巡り幸(いでま)して 乗浜(のりのはま)に行き至りましき。時に浜浦(はま)の上に多(さは)に海苔[俗(くにひと)、乃理(のり)と云ふ]を乾せりき。」
3)同じく『出雲国風土記』においても、「紫菜(むらさきのり)は、楯縫(たてぬひ)の郡(こほり)、尤(もと)も優(まさ)れり」という記述がある。
4)楯縫郡は現在の島根県出雲市の内で、平成17年(2005年)合併前の平田市にほぼ相当し、そこには海苔を特産品とする十六島海岸がある。
5)『大宝令』でも貢納に使う海藻の一つに挙げられており、この故事から全国海苔貝類漁業協同組合連合会は『大宝令』施行日(大宝2年1月1日)が西暦に換算すると702年2月6日に当たることから、
2月6日を、1966年から「海苔の日」として記念行事を開催している。和銅3年(710年)に遷都した平城京には、海草類を売る「にぎめだな」(和布店)、
海苔や昆布を佃煮のように加工したものを売る「もはだな」(藻葉店)という市場も存在した。
6)このように海苔は日本の食文化に定着していた。平安時代に源順の撰した『和名類聚抄』や『うつほ物語』には、甘海苔や紫海苔といった具体的な名称で海苔が登場している。
席亭が幼少の頃食していたのはえどむらさき/桃屋で、「江戸紫」とはムラサキソウを使って江戸で染めた、濃い青みの紫色の事です。
今は余り食べませんが、席亭が幼少の頃には毎日食べていました。黒髪(〜緑の黒髪)に良い、と言われていました。
7)海苔は古くは天然のものを採るだけだったが、江戸時代になると養殖技術が確立し、江戸湾(東京湾)で採れた海苔(紫菜)を和紙の製紙技術を用いて紙状に加工するようになった。これが「浅草海苔」で、現在市販されている板海苔が完成する。
川藻に関しては、古い記述が有りませんでした。
次に、「貝」ページをご紹介します。
1)貝は、軟体動物の総称、または特に、はっきりとした貝殻を持つものの総称である。
2)貝と言えば、すなわち二枚貝(二枚貝綱)、巻貝(腹足綱の大部分)、ヒザラガイ(多板綱)、ツノガイ(堀足綱)やそれらの殻のことで、同じ軟体動物でも殻が退化したウミウシ類や、ナメクジ、大部分の頭足綱(イカ・タコ)、カセミミズ(溝腹綱)
を貝と呼ぶことはない。
3)また、ホオズキチョウチンやシャミセンガイの仲間は腕足動物、カンザシゴカイもヘビガイに似ているが環形動物、イガグリウミヒドラ(イガグリガイ)も刺胞動物であり貝の仲間ではない。
4)しかしながら「貝の仲間」という意味で「貝類」と呼ぶ場合、殻の有無などの見かけではなく、分類上のグループとして貝類=軟体動物とみなしていることになる。
5)貝類図鑑などはこの例にあたり、ウミウシやナメクジや、イカやタコも貝類の一部として掲載されているのが普通である。
6)なお、軟体動物以外でも、二枚貝に似た殻を持つ腕足動物や殻のあるその他の水生動物をも「貝類」と言うこともあるが、この場合はそれらを軟体動物の貝類と誤認するか、あるいは明確な分類学的概念を持たずに呼んでいることが多く、
生物学的には正しい呼び方ではない。
7)また水産物として「魚介類」という場合の「介類」は、エビ・カニなどの甲殻類をはじめウニ、ナマコ、ホヤなどの水産物としての無脊椎動物全体を含む語で、軟体動物に限る「貝類」とは区別されるのが普通である。
これは席亭も知りませんでした。
8)貝類の中には食用のものも多く、貝殻も螺鈿など装飾品などとして用いられてきた。
その他にも貨幣として使用されたもの、染料として使用されたものなども有ります。特別の用途で使用された貝は、各々の場所で記述されるでしょう。
9)主な貝類の一覧:
アカガイ、アコヤガイ、アサリ、アメフラシ(退化した貝殻を持つ)、アワビ、イモガイ、ウバガイ(ホッキ貝)、ウミウシ、エゾバイ科、カサガイ、カキ(牡蛎)、カタツムリ(陸に生息する巻貝の総称)、カモガイ、カラスガイ、カワニナ、
サクラガイ、サザエ、サラガイ(皿貝、白貝、女郎貝、満珠貝、万寿貝)、シジミ、シャコガイ、スイジガイ、タイラギ、タカラガイ、タニシ、ツブ、ツメタガイ、トコブシ、トリガイ、
ナメクジ(陸に生息する巻貝のうち、殻が退化しているものの総称)、バイ、ハイガイ、パウア貝、バカガイ(アオヤギ)、ハマグリ、ヒオウギガイ、フナクイムシ、フルイガイ、ホタテガイ、ホラガイ、ホンビノスガイ、マテガイ、ミノガイ、
ミヤイリガイ、ミルクイ、ムール貝、ユリヤガイ、夜光貝、ワスレガイ
カワニナはホタルの水生幼虫の餌で有名です。トコブシはアワビの下位互換です。(笑)フナクイムシは文字通り船の木材を食べて、穴を空けてしまいます。席亭も「フナクイムシに喰われた船(〜廃船)」を沢山見た事が有ります。
ホンビノスガイは外来種で、ハマグリに似ています。夜光貝はインド太平洋のサンゴ礁域に生息する大型の巻貝で、その真珠層は螺鈿細工に使用されて来ました。
10)貝と似た動物一覧:軟体動物以外で貝と名が付いたり、形態が貝に似ている動物。
11)イガグリガイ(刺胞動物)、エボシガイ(節足動物甲殻類)、センスガイ(刺胞動物)、シャミセンガイ(腕足動物)、フジツボ(節足動物甲殻類)、カメノテ(節足動物甲殻類)、モミジガイ(棘皮動物ヒトデ綱)、ホヤ(尾索動物)
フジツボやカメノテは食用にも成ります。ホヤは珍味です。関連項目には二枚貝、巻貝、などが有りますが、これらもご紹介します。
Wikiの「二枚貝」ページの利用には、
1)二枚貝は食用として利用されるものも多い。石灰質の殻は食べられないが、殻の中身は骨が無く糞抜きの手間もさして要せず丸ごと食べることができる。砂浜や干潟に生息するシジミやアサリといった小柄な二枚貝から、
岩礁に固着するカキやムール貝など、海岸べりに大量に生息していて採取も容易であり、有史以前から全世界の沿岸地域で食物として利用されてきた。縄文人のゴミ置き場であった貝塚はその名のとおり貝殻が多くを占めており、
重要な食物であったことが分かる。
2)海底に生息するホタテガイ、シャコガイなどの大きなものまで食用に利用される。洋の東西を問わず二枚貝を用いる料理は存在しており、旨味成分が豊富で鍋料理やスープの出汁として重宝される他、焼く、炒めるなど調理法も多彩である。
大型の貝をむくために貝むきという専門の道具も存在する。
3)養殖や畜育も多くの種で広く行われている。
4)ハマグリからは白の碁石や胡粉が作られる。カキからも胡粉や漢方薬種の牡蛎(ぼれい)が作られる。主に一部の二枚貝の体内に産する真珠は宝石として非常に珍重されてきた。
ホタテ養殖残さの貝殻や牡蠣殻は、肥料や建築用のブロックなどに活用される。
5)ミシシッピ川では、真珠層を持つ二枚貝の2枚の殻からボタンが24個作られていたが、1938年には採りつくされ、2011年時点でミシシッピ川に生息する数十種の二枚貝が絶滅危惧種となっている。
若い皆様はご存じ無いかも知れませんが、昔ワイシャツのボタンは貝で出来ていました。
また「巻貝」ページの用途には、
1)食用:日本の他、イタリア、西インド諸島などで食べられている。
2)イタリア系の人々は、宗教上の理由でクリスマスに肉を食べないことから、必然的に魚介類が御馳走となり、Festa dei sette pesci(7種の魚のごちそう)と呼ばれる御馳走が作られる。
そういったものの中には、巻貝で作ったサラダ、Scungilli saladなどの料理が作られる。
3)西インド諸島では、クイーンコンクなどがサラダやフリッターなどで食べられる。毎年フェスティバルが開かれ、大食い競争、料理コンテスト、早割り競争などが行われる。しかし、一部の種は絶滅の危機に瀕していることから、
漁獲制限や輸出に規制が設けられている。
4)その他:楽器 - 法螺貝など、宝飾品:真珠が取れるほか、インドのベンガル地方などでは花嫁が サンゴや巻貝から作った腕輪shakha paulaを身に着ける。ハワイでは小粒の巻貝をネックレスとしたシェルレイなどが見られる。
貝貨
養殖真珠は二枚貝であるアコヤガイを利用して、製造されます。また貝貨(ばいか)で有名なのは、タカラガイです。
そして貝紫は巻貝であるアクキガイから取られました。クレオパトラや?シーザーが着用した、あの紫色のマントです。(笑)
二枚貝は潮干狩りでも取れますが、巻貝はそうは行きませんよね? 船を利用したり、潜水泳法などが必要と成るのでしょう。貝塚が二枚貝中心なのも、むべなるかな(〜当然)ですよね?
お待たせしました、次はいよいよ魚です。魚の中では、海水魚よりも淡水魚の方がより身近ですよね? それに川魚は釣り竿や網以外に、素手でも捕まえる事が出来ますから。(笑)
Wikiの「淡水魚」ページには、
1)淡水魚は、淡水で生活し得る魚類の総称。淡水魚は2006年の時点でおよそ1万2,000種が知られ、現生の魚類2万8,000種のうち約43%を占めている。主として河川に生息する魚は川魚と呼ばれることも多い。
2)淡水魚が生息する河川や湖沼などの陸水は、地球上に存在する全ての水のうち0.01%にも満たず、一種あたりの平均体積は海水魚の約7,500分の1に過ぎない。
3)海水魚よりもはるかに狭い生物圏で獲得された淡水魚の著しい生物多様性は、平均水深が浅い淡水域では基礎生産が非常に高いこと、隔離状態が容易に発生して種分化が促進されやすいことなど、
複雑に絡み合った生態学的・地質学的要因によってもたらされたものと考えられている。
生物は陸に上がる事で、生物多様性を獲得しました。
4)淡水域に進出して適応した海水魚が、淡水魚へ進化したと推測されている。適応のカギとなったのは、ドコサヘキサエン酸(DHA)を合成するFads2遺伝子であることが研究で判明している。
このDHAは美容に於いても登場します。(笑)
5)現代において、淡水域と海水域の境界では様々な形での魚類の出入りがあり、「淡水魚」を明確に定義することは難しい。淡水魚の区分は海水への耐性の程度、あるいは生活史に占める淡水域の割合を基準にして行われることが多い。
淡水と海水が交わる場所は、汽水(域)とも呼ばれます。
6)生活史に基づく分類の一例として、コイやナマズなどの淡水中で生涯を送るものを準淡水魚(一次性淡水魚)、ウナギやアユのように一生の一時期を海水中で過ごすものを通し回遊魚、ボラやスズキなど本来は海水魚・汽水魚であるものが
淡水域に侵入するものを周縁性淡水魚として区分する。
7)ただし、区分法は研究者による異同が多い。メダカ・タガヤシのように通常は淡水で生活する一方、偶発的に海水域に進出しうるものを二次性淡水魚と呼ぶが、これを広義の純淡水魚に含める場合と、独立の区分として扱う場合とがある。
8)また、サケ類などの回遊魚を、周縁性淡水魚に含めることもしばしばある。
回遊魚などが陸封された種も有ります。
9)純淡水魚は海水域を通過できないため、淡水で連なった水系から外に出るのが困難で、その分布範囲は地誌的な影響を強く受ける。
10)人の手による移入を除けば、河川争奪などがない限り他の河川へ移動することはほとんどなく、地域による独自の種分化が多い。
11)琵琶湖やバイカル湖など、いわゆる古代湖のように淡水域だった歴史が長く、その規模の大きい地域では多くの固有種が見られる。
12)アマゾン川の魚の種類は大西洋全体よりも多いと言われる。
13)淡水魚の隔離分布には、地誌的な変化と強く関連付けられるものも多い。ハイギョ類の分布はその一例で、それぞれ独立の属が南半球のアフリカ大陸、オーストラリア大陸、南アメリカ大陸に1属ずつある。
これはこの大陸がゴンドワナ大陸として陸続きだったことに起源があると考えられている。
ゴンドワナ大陸とは大陸移動による分裂が始まる前の、大元の超大陸です。
14)生物地理区に基づく分布:
他の生物群と同様に、生物地理区に基づく区分は淡水魚の分布を理解するために有用である。以下では、ウォレスが1876年に提唱した6つの地理区における淡水魚の分布を概説する。
本節では、淡水魚を大きく純淡水魚(一次性淡水魚)、二次性淡水魚、周縁性淡水魚の3種に区分している。
6つの地理区とは、新北区、新熱帯区、旧北区、アフリカ区、と右翼、オーストラリア区、の6つです。また各種種目も登場しますが、皆様がご存じのないそれも多いので省略します。
次は海水魚ですが、海水魚の取得には船などが必要と成りますので、先の「漁業」ページから必要な部分をまず先にご紹介します。
1)漁業とは、営利目的で魚介類を捕獲したり養殖する産業。
2)別の言い方では、営利目的で水産動物・水産植物を採ったり養殖する事業のこと。水産加工業などとともに水産業の一種である。
3)漁業にはさまざまな人々が関わっているが、漁撈活動に専業として携わる者のことは漁師という。
4)漁業は農業などと同じく第一次産業だが、公共の場を利用して行われる点で農業と大きく異なる。そのため法令により多くの制限を受ける。
つまり、私有地で商売している訳では無い訳です。
5)分類方法は多様で、漁場による分類(統計調査による分類)、漁具・漁法による分類、漁獲物の種類による分類、漁業法規による分類(漁業制度による分類)、経営形態による分類などがある。
6)漁獲物の種類による分類では、「マグロ漁」「イカ漁」「タコ漁」「ホタテ漁」・・・等々となる。
7)漁場による分類:
8)漁場による分類としては、淡水漁業、沿岸漁業、沖合漁業、遠洋漁業、深海漁業などに分けられることがある。
当然古代では、遠洋漁業や深海漁業などは困難な訳です。
9)日本標準産業分類漁業(海面漁業・内水面漁業)と水産養殖業(海水面養殖・内水面養殖)に大別される。
内水面とは、河川、湖沼などを指します。
10)農林水産省の漁業・養殖業生産統計では海面漁業・養殖業と内水面漁業・養殖業に分類され、前者のうち海面漁業部門は遠洋、沖合、沿岸に区分されており、海面養殖業と区別される。
11)なお、栽培漁業(後述)という概念もあるが養殖漁業とは異なる。
12)氷上漁
13)漁法による分類:
14)漁法による分類では網漁業・釣漁業・雑漁業の3種に分けられる。釣漁業、網漁業、養殖漁業、採取漁業などに分類されることもある。
後者の方が簡明ですよね?
15)網漁業:底曳網、船曳網、地曳網、巻網、刺網、定置網などがある。
16)釣漁業:手釣、竿釣、機械釣、曳縄釣、立縄釣、延縄がある。
17)雑漁業:やな、筌、潜水器漁業などがある。
筌はうけ、あるいは、うえ、と読みます。
「造船と操船」の調査は既に完了していますので、此処では「釣り」、「網(漁網)」について調べる事にします。
→釣り
→網
次は「海水魚」ページをご紹介します。
1)海水魚は、海水中で生活する魚類の総称。海産魚とも呼ばれる。海水魚は2006年の時点でおよそ1万5800種が知られ、現生の魚類2万8000種のうち約56%を占めている。
2)最初期の魚類(無顎類の仲間)は海で進化を遂げ、その後進化の歴史において海水から淡水へ、淡水から海水への進出と適応が何度も繰り返されてきた。
ですから、両者のバリアはかなり低いのでしょう。
3)現代では海水魚は寒帯から熱帯、沿岸から外洋、表層から深海に至るまで、ほとんどのすべての海域に分布を広げるとともに、漁業資源として世界中で利用される重要な存在となっている。
4)海水は体内よりも浸透圧が高いため、海水魚は水分が体内に流出する脱水の危機に常にさらされている。
生物は海で誕生したのですから、体内と外界とで浸透圧が違うのはおかしな気もします。生命誕生当初の外界は、今よりも浸透圧が低かったのでしょうか?
5)最も原始的な脊椎動物であるヌタウナギ類は、体液の一価イオンを海水と同レベルに順応させ、サメ・エイに代表される軟骨魚類は尿素などの窒素代替物を体内に蓄積し、浸透圧を上昇させることで海水への適応を果たした。
ですからサメやエイなどの肉は、臭く成る(〜分解してアンモニアが出る)のです。
6)そして遅れて出現した条鰭綱のグループは、多量の海水を飲むことで、失われる水分を補い、過剰な塩分は塩類細胞と呼ばれる特殊なイオン輸送細胞を通じて排出する機構を発達させ、現代の海洋で最も繁栄する魚類となっている。
条鰭綱は、じょうきるい、と読みます。条鰭綱は原生の硬骨魚類の大部分、だそうです。鰭はひれです。
7)海水魚はその分布範囲に基づいて、外洋表層性、深海漂泳性、深海底生性、および沿岸性の4種類に大きく分けられる。
次は魚以外です。Wikiの「Category:水産物」ページを見ると、以下の様な物が紹介されています。
1)食用甲殻類、真珠、魚介類、イカ、イカ、ウニ、クラゲ、鯨、タコ、ナマコ、ホヤ
イカやタコは貝の仲間でしたから、イカ、タコ、エビ、カニ、ウニ、クラゲ、ナマコ、ホヤの順にご紹介します。
Wikiでイカ、タコを調べると、「頭足類」ページがヒットします。
1)頭足類は、軟体動物門頭足綱に属する動物の総称。イカ、タコ、オウムガイ、コウモリダコや絶滅したアンモナイト等が含まれる。
2)体は胴・頭・足に分かれていて、足も多数に分かれている。触覚はないが、軟体動物の中でも特に目や神経系、筋肉が発達していて、運動能力にすぐれる。
ですから、生延びてこられたのでしょう。
3)現生種は800種程度である。絶滅した種は1万種以上報告されているが、体が柔らかいことから化石化しにくく、発見されていない種は多いと考えられている。
4)超深海帯を含むほとんどの海に生息するものの、淡水には生息していない。汽水に生息するLolliguncula brevisのようなイカは稀である。
5)赤道付近で活動する種が多く、北緯60度以上で活動が確認されているのは5種程度である。
頭足類は寒さが苦手の様です。(笑)
6)軟体動物に特有の殻を持たないものが多いが、これは二次的に退化したものと思われる。
7)現生ではオウムガイ類が発達した巻貝状の殻を持つ。
8)イカ類は殻の巻きはなくなって甲となったものを体内に持っている。タコ類は全く殻を失っているが、カイダコなど、二次的に殻を作るようになったものがある。
次に「イカ」ページをご紹介します。
1)イカは、海生軟体動物の一群である。分類学上は軟体動物門頭足綱十腕形上目(または十腕形目)Decapodiformesとされる。十腕目Decembrachiataとも。
2)英語では体内に甲を持つものを英:cuttlefish、ないものを英:squidと呼んでいる。
3)神経系や筋肉がよく発達していて、たいていの種類は夜に行動する。
4)漏斗からの噴水と外套膜の収縮・ひれを使って前後に自在に泳ぐ。
船にも、ウォータージェットで動くそれが有りますよね?
5)体の大きさに対して眼球の割合が大きいことから、行動の多くは視覚による情報に頼っていると思われる。
6)敵に襲われた時など、漏斗から水を勢いよく噴出し、ジェット噴射の要領で空中に飛び出し、腕とヒレを広げた状態で滑空する種もいる。
まるでトビウオの様です。あのイカの形は、この運動特性から来ているのですね。空に揚げるあの凧も、どちらかというとタコよりもイカに似ています。(笑)
7)全世界の浅海から深海まで、あらゆる海に分布する。淡水域に生息する種類は確認されていない。体長は2cm程度から20mに達するものまで、種類によって差がある。
8)イカは小魚や甲殻類を主食とする。イカは自身の体の大きさに比べてかなり大きい獲物を襲う。アオリイカの幼体は自身より大きなムギイワシを襲うことが知られている。
9)コウイカはエビやカニ、小魚を好んで食べる。
10)スルメイカがハダカイワシを捕食する際は丸ごと捕食しているのが見られるのに対し、イワシを捕食する際は、触腕で捕らえ、腕で抱え込み、上顎及び下顎で頭部を落とし、胴体のみを食べるように持ち変える様子が確認されており、
底生の魚類エゾイソアイナメはこの棄てられた頭部を多く食べている。
11)しかしスルメイカは小魚よりウミノミやツノナシオキアミなどの甲殻類を好んで食べる。
生物に溢れた海の中でも、食の嗜好は有る様です。(笑)
12)さらに体内の墨袋(墨汁嚢)に墨を蓄えており敵が現れると墨を吐き出して敵の目をくらませる。
13)タコと比較すると、タコの墨はイカの墨より脂質が少なくさらさらしており、これを煙幕のようにして外敵の視界をさえぎることを目的とする。
イカの場合は墨の粘度が高くタコの墨のように拡散せず塊のようになる。
14)イカの墨が紡錘形にまとまるのは自分の体と似た形のものを出し、敵がそちらに気を取られているうちに逃げるためと考えられている。
15)十腕形類(イカ)は八腕類(タコ)と近縁だが、姉妹群の関係にはなく、イカの姉妹群はコウモリダコだとする説が有力である。
16)コウイカの骨(甲骨)は漢方薬として利用される。
17)セピア−墨がインクや絵の具に使われる。
席亭もイカの墨=セピアとは知りませんでした。セピアカラーは、昔の白黒写真(モノクロ写真)の代名詞です。
18)日本は世界第一位のイカ消費国であり、その消費量は世界の年間漁獲量のほぼ2分の1(2004年現在約68万トン)とも言われている。また、イカの一種であるスルメイカは、日本で最も多く消費される魚介類である。
どおりでコンビニ、スーパーにイカが多い訳です。(笑)
19)他にギリシアなど正教徒が多い東地中海地方では、斎のためイカ料理がよく食される。スペインやイタリアなど地中海の国でも常食される。
20)逆にユダヤ教では鱗がない海生動物はカシュルートでないためイカを食べることは禁じられ、欧米諸国でもタコと同様に不吉な生き物とされ、イカを食べない地方は多い。
21)イカはアニサキス寄生虫の宿主である。食材として用いる際は、加熱または−20度以下の環境で24時間以上冷凍するのが望ましい。
22)内臓は生食してはならない。
イカスミなどは、パスタに利用します。昔の人は板前でなくとも、イカやタコ位は自分で捌けました。また、食べられる部分も分かっていました。(〜家族間の口伝)
23)漁法としては、イカ釣り漁船によるものがあり、集魚灯によって集まった(一般的にはイカは光を求めて集まる習性があるとされるが、本来夜行性であるため、むしろ集魚灯の強い光を避けて船の陰に集まっているだけという説もある)
イカを自動イカ釣り機で釣り上げる。日本におけるシーズンはイカの種類により異なる。
別のページではイカを、釣りと網の両方の手段で収穫していました。
次に「タコ」ページをご紹介します。
1)タコは、頭足綱蛸形亜綱八腕形上目の八腕形目に分類される軟体動物の総称である。
2)角質環や柄のない吸盤を付けた、多様な機能を持つ筋肉に富んだ8本の腕と、脊椎動物に匹敵する大きな脳を持つ頭部を前方にそなえ、厚い外套膜に覆われた内臓塊からなる胴を後方に持つことを特徴とする。
まるでアクチュエーター+CPUの様な生物です。(笑)
3)種の判別はイカよりも難しいことから、地方名は少ない。その地域の最有力種は「真」を冠して「まだこ」と呼ばれる。標準和名ヤナギダコやクモダコは地方名に由来するものである。
4)タコやイカなどの頭足類の体は、頭足部(頭足塊)と胴部(内臓塊)からなる。
5)タコの内臓塊は外套膜に覆われた外套腔と呼ばれる空所に取り囲まれる。
6)また、タコの外套縁は背側で頭部と癒合するのに対し、外套膜の腹縁は大きく開口し、外套開口となって外套腔内に海水を取り込む。
7)頭足塊は腕と頭部からなり、前方にある。内臓は後方に偏っている。見た目で頭部に見える丸く大きな部位は実際には胴部であり、本当の頭は腕の基部に位置して、眼や口器が集まっている部分である。
8)すなわち、頭から足(腕)が生えているのであり、同じ構造を持つイカの仲間とともに「頭足類」の名で呼ばれる理由である。
9)底生のタコでは、生時は普通眼を最も高いところに位置させており、胴体は下に提げた姿勢を取っている。
10)体サイズは種によって異なり、最大のものは全長3m(メートル)に達するミズダコやその近縁種である。
11)これまでの確実な記録では生きているミズダコで、全長4m、体重71kg(キログラム)のものが知られる。
12)あくまで説話上であるが、腕を広げた長さが9.75m、重さは272kgのミズダコの逸話もある。それに次いで大きいのは、2002年にニュージーランド沖で引き揚げられたカンテンダコの死骸で、体重60kg、全長2.9mであった。
13)小型のタコはピグミーオクトパス”pygmy octopus”と総称される。
14)記載されている種では、琉球列島のコツブハナダコ'Octopus' wolfiが最小とされる。日本近海産のものではほかに、全長15cm程度のマメダコ'Octopus' parvusが知られ、かつては日本最小とされたこともある。
15)同様に、海外では全長11.5cmのカリビアン・ドワーフ・オクトパスParoctopus mercatorisが最小の種とされることがある。
16)吸盤の構造はイカ類とは異なり、柄や角質環を欠く。これがイカとタコを区別する、もっとも重要で確実な違いである。
17)タコの吸盤は非常に多機能であり、移動や体の固定、餌の獲得などに用いられる。
18)タコの吸盤の付着面には筋肉が放射状と同心円状に配置しており、放射状筋の上にさらに微小な吸盤が並ぶ。
19)タコの吸盤は外側の外環部と呼ばれる付着部と内側の半球状のくぼみである内環部の2領域からなる。内環部が他物に密着した時の陰圧により吸着を行う。
20)また、吸盤には感覚細胞(受容体細胞)が分布し、全部の腕を合わせると2億4000万個になる。物の形状が識別できる触覚(機械刺激受容)と化学受容器による味覚を持つ。
21)吸盤列は1列のものと2列のものが知られる。
22)腹側には漏斗と呼ばれるチューブ状の構造がある。これは漫画では口のように描かれるが、実際の口は上述するように腕の付け根に存在する。
23)漏斗から外套腔内の海水を強く吹き出して、ジェット推進により移動する。
同海水の量は有限ですから、このジェット推進は有限、短時間だけです。
24)漏斗を自在に動かし、その向きを変えることで泳ぐ方向を調節する。
25)また、漏斗からは雄は精包を放出し、雌は産卵の際、卵を放出する。墨や排泄物も漏斗を通じて放出される。
万能出口です。
26)また、頭足類は貝類であり、内在性の貝殻を持つが、タコ類では完全に退化するか、軟骨質(寒天質)になる。
27)軟骨質の貝殻はスタイレット(棒状軟骨)と呼ばれ、棒状かUの字状、H字状をしている。
28)この貝殻の喪失は、体色変化による隠蔽、墨の利用、ジェット推進による遊泳、強い腕や顎の獲得などと関連していると考えられている。
タコは底生ですから、砂に潜る、も関連していると思います。(貝も潜るか?、笑)
29)また、脳の発達による学習や記憶などもこの貝殻の喪失の影響があると推測されている。
30)大きな鰭を遊泳に利用するヒゲダコ科ではスタイレットがこれを支えている。
31)ほかの軟体動物は間隙性や付着性など海底面に接して生活するものが多いのに対し、タコはイカとともに海面直下から深海域までの3次元的な生息域を持っている。
32)特にタコ類は潮間帯から水深6000m以深まで幅広く分布する。最大水深は8,100mとも言われる。
33)しかし淡水生(性?)のものは知られておらず、狭鹹度性で塩分は30‰以上を求める。
‰はパーミル、1/1000です。
34)そのため、「蛸の真水嫌い」や「梅雨時に雨の多い年は蛸、烏賊が少ない」と言われる。また、夜行性のものが多いとされる。
35)マダコなどタコ類の大半は底生で、腕が発達し、匍匐生活を送る。
36)その一方で漂泳性の種も多く知られている。
37)蛸形類はイカもタコも大型肉食性の捕食者で、魚や甲殻類を食べる。特に底生のタコはカニや二枚貝を好んで捕食する。
38)特に底生のタコはカニや二枚貝を好んで捕食する。タコはカニにとっての天敵であり、カニの一種Carcinus maenasでは、歩脚を木製ピンセットをつまんでも起こらないが、タコの腕を吸いつかせると直ちに自切反射が起こることが知られている。
39)イギリスではタコの急激な増加によりエビ漁業が脅かされる現象が起こり、オクトパス・プレイグ(「タコによるペスト」)と呼ばれた。
40)マダコやイイダコでは貝類を食べる際、まずは腕の力でこじ開けを行い、それで開けられなかった場合、歯舌で貝殻に穿孔して唾液腺の毒(チラミン)を注入し、餌を麻痺させてから捕食する。
41)海底に落ちている魚の死骸を食べることもあり、イチレツダコは生きた甲殻類だけでなく死んだ魚を食べる。
42)頭足類は聴覚が発達しないことから、視覚情報を重要なコミュニケーションの方法として用いている。
43)タコの体表には体表の色彩を変化させる色素胞器官を持つ。これは黄、橙、赤、茶、黒と様々に色を変化させる色素細胞と放射状の筋肉、神経などのいくつかの異なる細胞からなる複合体である。
44)神経によって直接支配されるあめ、内分泌系に制御される魚類の色素胞とは異なり機敏に褪色を変化させることができる。
45)単に色だけでなく、反射性や質感、明るさを周囲の環境に合わせて変化させることができる。
色の変化は瞬時であり、タコの擬態はとても優秀です。
46)タコは脳が発達し、視覚や触覚、遊泳能力などに優れる。また、学習能力さえ持っている。頭足類の神経系と感覚器官は無脊椎動物の中で最も発達し、全体重に対する脳の重量の割合は爬虫類も上回っている。
47)タコの脳には5億個のニューロンがあり、犬や3歳の子供と同じくらいの知能で、一説には最も賢い無脊椎動物であるとされている。
48)1998年には、インドネシア近海に棲息するメジロダコが、人間が割って捨てたココナッツの殻を持ち運び、組み合わせて防御に使っていることが確認され、2009年12月、「無脊椎動物の中で道具を使っていることが判明した初めての例」
として、二枚貝の貝殻や持ち運び可能な人工物を利用して身を守る様子がジュリアン・フィンらによりイギリスの科学雑誌『カレント・バイオロジー』で報告された。(動物の道具使用については別項「文化(動物)」も参照)。
49)これは「タコの貝持ち行動」と呼ばれている二枚貝を用いて身を守る行動の転用だと考えられている。二枚貝を用いる行動自体はイイダコにおいて以前から知られていた。
50)タコはて手近で美味なタンパク質の供給源として、世界各地の沿岸地方で食用とされ、特にアジアや地中海では古くから定番料理として供される。
51)一方で、ユダヤ教では食の規定カシュルートによって、タコは食べてはいけないとされる「鱗の無い魚」に該当するなど、禁忌とされている地域もある。
52)タコ漁には何千年もの歴史があり、2014年現在の漁獲量は世界全体で30t(トン)に及んでいる。
これは30万トンの誤りでは?
53)漁法も様々で、壺、網、ルアーやヤスといった道具を用いるほか、素手で獲られることもある。
54)現代ではヨーロッパの西海岸から東アジアにかけて、広く蛸壺を用いたタコ漁が行われている。これには4000年以上の歴史があり、古代エジプトでも海中に沈めた素焼きの壺を用いてタコを漁獲していたことが知られている。
55)古くは陶器であり、プラスチック製の蛸壺に置き換わったが、さらに近年では軽くて扱いやすい籠罠(蛸籠)に移行しつつある。
これは席亭も知りませんでした。陶器製の蛸壺は有名ですが、タコ漁の発足当初は土器だったのでしょうか?
次は「甲殻類」ページをご紹介します。
1)甲殻類は節足動物を大まかに分ける分類群の一つ。分類学上は甲殻亜門とされる。エビ、カニ、オキアミ、フジツボ、ミジンコ、フナムシ、ダンゴムシなどが含まれる。
海と陸の生き物が、同じ分類群に含まれています。
2)およそ7万種が記載され、深海から海岸、河川、湿地まで、あらゆる水環境に分布するが、主に海で多様化している。陸上の生活に適応しているのはワラジムシ類とダンゴムシ類など僅かである。
お待ちどう様でした。次は皆様も大好きな「エビ」ページです。ですが日本語では、「海老で鯛を釣る」でしたね。(笑)
1)エビは、十脚類(エビ目)に属する甲殻類のうち、カニ下目(短尾類)とヤドカリ下目(異尾類)以外の全ての種の総称である。かつての長尾類(長尾亜目)にあたる。
2)十脚目(エビ目)から、カニ・ヤドカリという腹部が特殊化した2つの系統を除いた残りの側系統であり、単系統ではない。この定義では、ザリガニもエビに含まれる。
3)和語の「えび」は、元々葡萄、あるいはその色のことだった。
これは席亭も知りませんでした。
4)葡萄の色に似ていることから、蝦・海老のことを「えび」と呼ぶようになった。現在でも「葡萄色」と書いて「えびいろ」とも読む習慣が残っている。
海の中では、赤色をしている訳では有りません。
5)漢字表記の「海老」や「蛯」の字は曲がった腰と長い髭を老人に見立てたものである。
6)漢字表記について、「イセエビなどの海底を歩行する大型のエビ類を「海老」、「〇(虫+老+日)」または「蛯」、サクラエビなどの海中を泳ぐ小型のエビを「蝦」、「A」または「鰕」と表記する」と言われることもあるが、
実際にはそこまで厳格に区別しているわけではない。
7)英語における呼称は大きさにより分けられており、クルマエビ程度で「prawn(プローン)」、小さなエビは「shrimp(シュリンプ)」と呼ばれる。「Lobster」(ロブスター)という呼称はアカザエビ科、特にその中のロブスター属の種類を示すが、
それ以外の大型エビ類、例えばイセエビ上科の種類の呼称にも「lobster」が付いている(例えばイセエビ科は「spiny lobster」、セミエビ科は「slipper lobster」)。
8)ほとんどのエビが食用にされ、大小さまざまなエビが漁獲・消費されている。陸上の昆虫などと異なり、少ない労力で大量に捕獲できるため、世界中で利用されている。
9)ブラックタイガーなどの場合、販売時には下処理の方法によって有頭エビと無頭エビに分けて表示されることが多い。
現在ではエビは養殖されています。
10)漁法としては主に刺し網、徒手採捕、カゴ・どうを用いた漁法によって漁獲する。
11)ウシエビ(ブラックタイガー)などのエビは東南アジアを中心とする海外で大規模に養殖されている。
次は「カニ」ページです。席亭はエビよりも、このカニの方が好きです。
1)カニは、十脚目短微尾下目(別名:カニ下目)に属する甲殻類の総称。
2)熱帯から極地まで、世界中の海に様々な種類が生息し、一部は沿岸域の陸上や淡水域にも生息する。
3)成体の大きさは数mmしかないものから、脚の両端まで3mを超すタカアシガニまで変化に富む。
4)箱型にまとまった頭胸部に5対の歩脚(胸脚)があり、このうち最も前端の1対が鉗脚(かんきゃく:はさみ)となる。
5)触覚は2対あるが、どちらもごく短い。
6)腹部は筋肉が発達せず、頭胸部の腹面に折り畳まれる。ただしそれぞれ例外もある。
7)甲殻類にはカニ下目以外にも同様の体制(体勢?)を持つ種がいる。
8)例えば、異尾下目のタラバガニやヤシガニはカニ下目によく似ている。これは収斂進化によるものと考えられている(カーシニゼーション)。
9)これらの種はカニ下目ではないにもかかわらず「〜カニ」という名前がつけられていることがある。
10)また、タラバガニやヤシガニは水産業や飲食業においては、カニ下目と合わせて「カニ」として扱われる。
11)食用のカニは茹でると殻が赤くなるものが多い。これは、甲羅の中で通常蛋白質と結び付いているアスタキサンチンという色素が、加熱により蛋白質と分離するからである。
12)淡水・汽水・沿岸域から深海や洞窟まで、様々な水域に色々なカニが生息する。陸上、純淡水に生息する種は少なく、汽水域、海岸線から海中に大部分が集中する。
13)マングローブ林では木に登っているものもある。
マングローブではヤシガニが有名ですが、これはカニではなくヤドカリのなかまです。
14)干潟では小動物として数が多く、もっともよく目立つものである。巣穴を深く掘るものが多く、底質の構造に大きな影響を持ち、水鳥の餌としても重要である。
15)他の動物の体を生息場所にするものもあり、サンゴやウニ、ウミシダなどに生息するものも知られているが、寄生か共生かは判別し難い。
16)カキやアサリなど貝類の体内に生息する物もおり、それらを使った料理から出てくることもある。
17)ズワイガニ、ケガニ、カザミ等、多くの種類が食用に漁獲される。肉の他、カニミソ(中腸線などの内臓)が食べられる。
ズワイガニなどは、底引き網やカニカゴで漁獲される様です。
川ガニで有名なのは、モクズガニや上海ガニ(チュウゴクモクズガニ)です。
次は「ウニ」ページです。
1)ウニは、ウニ綱に属する棘皮動物の総称。別名にガゼなど。なお、「雲丹」の字を充てるときはウニを加工した食品を指す。
2)日本の俳句では春の季語。
これは知りませんでした。
3)深海の海底から磯に至る世界中の海に生息し、約870種が確認されている。多くの種が全身にトゲを持つ。中にはガンガゼのように毒を持つものもある。
4)ウニの体の構造は5つの部分から成り、背面から見た殻の輪郭が円形で、中心から5つの部分が放射相称に配置されたものを正形ウニ類と呼ぶ。
5)タコノマクラなど、放射状ではなく左右相称になっているものを不正形ウニ類と呼ぶ。
6)棘皮動物は五放射相称の形をしており、棘のためにわかりにくくはなっているものの、ウニも五放射相称である。ウニは炭酸カルシウムの球状の骨格を持ち、骨格上の疣から棘が伸びている。
疣は、いぼと読みます。
7)棘のある側に肛門があり、口はその反対側で骨格に大きな穴を空けている。骨格は肛門の付近を除いて、5本の歩帯とその間の間歩帯からなる。
8)歩帯には、管足が伸びる2つの穴を空けた歩帯板が連なっており、その下には放射水管が流れる。間歩帯の下には生殖巣がある。
この説明では、何が何だか分かりませんよね?(苦笑) そこで「京都市青少年科学センターのウニの図」を元に席亭が解説すると、
1)ウニの口を下に、ウニの肛門を上にして置く。すると口はウニの下部中央に、肛門はウニの上部中央に位置する様になる。
2)口の周辺には、アリストテレスのちょうちんがある。
3)口と肛門の間は、管を巻く長い腸が結んでいる。
4)胴体からは、とげ、管足、叉棘が伸びている。
5)肛門の周囲には、(複数の)生殖孔が空いている。
6)生殖孔には、生殖巣が結び付いている。
以上です。
9)肛門付近の骨格は頂上板計と呼ばれる。頂上板系はウニのなかで最も古い部分になる。
10)精子や卵が放出される生殖孔を持つ5つの生殖板が肛門の周りにならび、生殖巣はここにつながる。
11)生殖板のうち、ひときわ大きく多くの小孔を持つのが多孔板であり、水管系と外界をつないでいる。
12)生殖板の間に終板と呼ばれる骨があり、歩帯はここからのびる。終板のも管足があり終管足と呼ばれ、これは1本ずつ生える。
13)口からは腸が伸びる。口には5つの歯があり、五放射相対の「アリストテレスの提灯」と呼ばれる骨と筋肉によって動かされる。
14)全て海産で、動きの遅い底性動物である。棘を動かし、また管足を使ってゆっくりと移動するが、普段は岩に張り付いている場合が多い。
15)岩のくぼみなどに入り込んでいるものも多い。
16)砂底に適応したものでは、カシパン類のように砂に浅く潜って暮らすものや、ブンブクチャガマのように砂に穴を掘って暮らす例もある。
17)ガンガゼは、熱帯地方では砂底の海底で群れをなして生活する。
18)海藻を食うものやデトリタスを食べるものが多い。ウニの過剰な増加は海藻群落(藻場)の食害による消失を引き起こすことから、藻場の回復やウニの実入りの改善のためにウニ類の除去が行われる場合もある。
19)北洋では、ウニが多産する海岸ではコンブが生育出来なくなるという。岩に附着するコンブの苗を喰ってしまうからである。なかには雌雄同体のものもいる。
20)近縁の調査研究結果により、寿命は(種と環境によるが)200歳に至ることもあることが判り、生殖能力も100歳を超えても、10歳のウニと変わらないことが判ってきた。
21)棘皮動物各群の関係についてはよくわからない点が多い。その中でウニ綱はナマコ綱に近いものと考えられている。腕が完全に欠けていること、歩帯が口から肛門にわたって伸びることなどが共通点としてあげられる。
22)生殖腺(精巣・卵巣)を食用にする。生殖腺を取り出したものや、塩蔵などの加工品は漢字で雲丹と表記されることもある。
23)主に食用とされるのは日本産に限れば、バフンウニ、エゾバフンウニ、ムラサキウニ、キタムラサキウニ、アカウニ、シラヒゲウニの6種類である。
24)国連食糧農業機関によれば、2018年の世界のウニ漁獲量(殻付き)は約6万7500トンで、そのうちチリが3万446トン、日本は7629トンとなっている。そしてチリのウニの約95パーセントは日本が輸入している。
25)古来より日本においてウニは、保存用に塩を用いて加工したものが、日本の三大珍味に数えられている。これは生食のウニではなく、あくまで「塩雲丹」と呼ばれる加工されたウニである。
26)とくに知られていたのは「越前の雲丹」であり、「越前国(現在の福井県東部)で生産加工された塩雲丹」のことである。
27)日本では、漁師が小舟に乗り、覗き眼鏡で海底を視認すると同時に櫂を操り(現在は操船のしやすい小型の船外機もある)、ウニを探す。
28)ウニを見付けると玉網(タモ)と呼ばれる柄付きの網、あるいはウニ漁用の鈎で捕獲するが、水深に合わせ柄と接ぎ足さねばならない。単純にして非常に熟練を要する漁法である。
利尻や礼文では(浅い場所に生息している為)、ウニは手で拾えます。利尻昆布が食材の、高級品です。(ですから密漁被害、笑) またウニは、養殖も可能です。
次は「クラゲ」ページです。
1)クラゲは、刺胞動物門に属する動物のうち、淡水または海水中に生息し浮遊生活をする種の総称。体がゼラチン質で、普通は触手を持って捕食生活をしている。また、それに似たものもそう呼ぶこともある。
2)クラゲといわれる動物は刺胞動物門のヒドロ虫綱、十文字クラゲ綱、箱虫綱、鉢虫綱にわたって存在する。広義には有櫛動物門(クシクラゲ)も含まれる。
3)有櫛動物は、かつては腔腸動物として刺胞動物と一緒にまとめられていたが、刺胞を持たず雌雄同体である刺胞動物とは異なる水管系を持つなど全く体制が異なることから、20世紀初頭には別の門に分けられた。
4)刺胞動物、有櫛動物以外にも、クラゲの名前を持つ生物が複数の門にわたって存在する。軟体動物門のゾウクラゲは刺胞動物と同様、ゼラチン質で浮遊生活である。
5)キクラゲ、ツチクラゲは菌類、イシクラゲは藻類である。
6)また、クラゲは刺胞動物における基本的体制の名としても使われる。対になる語はポリプである。これについてはクラゲ(体制)を参照。
7)日本と中国では、一部の種類(エチゼンクラゲやビゼンクラゲなど)を食用にする。
8)中華料理では「海〇(折+虫)」といい、傘の部位は海〇皮(海折皮)、口腕部は海〇頭(海折頭)として加工される。細切りにして乾燥させ塩蔵したものを、水で戻して酢の物や和え物などにする調理のほか、加工食品とする。
9)日本では、中世文書から武士の献立にもクラゲが記されている。文化としては、「クラゲ桶」といって、くらげを塩漬けにする桶があり、近世期の浮世草子『日本永代蔵』にも記述が見られる。
漁獲を意図しないエチゼンクラゲが底曳き網や定置網に掛かって困る、と有りますから、取る時も網で取るのでしょう。(笑)クラゲ自体には味が無く、コリコリした食感と涼風味/夏場を楽しみます。
次は「ナマコ」ページです。
1)ナマコは棘皮動物門のグループの一つで、ナマコ綱に分類される。体が細長く口が水平に向くなどの特徴を共有する一群である。
2)世界に約1,500種、日本にはそのうち200種ほどが分布する。食用になるのはマナマコなど約30種類。寿命は約5−10年。
グロテスクなので、個体まるごとが出て来る事はありません。
3)ナマコ綱は、棘皮動物門に属する動物の一群である。この門の他の群(ウニ、ヒトデ、クモヒトデ、ウミユリ)は体軸を基盤面に垂直にした体をもつのに対して、ナマコ類は体が前後に細長く、腹面と背面の区別がある。
見かけ上は左右対称であるが、体の基本構造は棘皮動物に共通した五放射相称となっている。体表が刺や硬い殻ではなく、比較的柔軟な体壁に覆われていることもナマコの特徴である。骨格の発達は悪く、細かな骨片として
体壁に散らばっている。雌雄異体であるが、外観からは区別することは困難である。
4)ナマコは無脊椎動物としては大きく生育する方で、体長数十cmの種類はざらである。最大級のナマコであるクレナイオオイカリナマコは体長4.5m・直径10cmに達する。
5)日本周辺の海域にはシカクナマコ科のマナマコが特に多く、食用にされるナマコもほとんどの場合はこの種である。
6)すべてが海産であり、淡水・汽水域には生息しない。潮間帯から深海まで分布範囲は海洋全域に及ぶ。大部分が底生で、潜行性のものも含む。
7)深海に住むナマコには、ユメナマコなど浮遊性の種類も知られている。サンゴ礁の海底や深海底の一部では、極めて大きな集団を形成することがある。
ナマコの集団は怖そうです。(笑)
8)基本的に不活発な動物で、海底をゆっくりと這っている。多くのナマコがデトリタス(海底に降り積もって堆積した有機物)を主な餌とし、触手でそれらを集めて食べる。
9)食べ方は種によって異なり、海底表面のデトリタスを舐めとるように食べるものと、砂と共に口にかき集めるものがいる。水中に触手を広げ、海中を漂う有機物を集めるナマコもいる。
10)特殊な性質として、敵の攻撃を受けると腸管由来の内臓を放出するものがある。
11)熱帯性のナマコの多くはキュビエ器官という白い糸状の組織を持っており、刺激を受けると肛門から吐出する。キュビエ器官は動物の体表にねばねばと張り付き、行動の邪魔をする。
ナマコは足が遅いので、生存の為に工夫したのでしょう。
12)マナマコなどキュビエ器官を持たないナマコは、腸管を肛門や口から放出する。ナマコは他の棘皮動物同様に再生力が強く、吐き出した内臓は1−3ヶ月ほどで再生される。
13)同様にある程度絶食の環境にも耐えられる。
14)ナマコ類は無脊椎動物の中では大きくなる方だが、攻撃手段を持たず、動きも遅いため捕獲が容易である。
15)日本や中国では古来より、ナマコを食料として利用してきた長い歴史がある。
16)日本で主に食用とされるマナマコは体色からアカ・アオ・クロの3種に分けられ、それぞれ地域によって価格差がある。
17)生食が中心の日本に対し、中国では乾燥させた干しナマコとして利用するのが一般的である。
18)卵巣を干したものはこのこまたは口子(くちこ)と呼ばれる。
19)日本人とナマコの関わりは古く、712年に編纂された日本最古の歴史書『古事記』にその記述が見える。
20)天孫降臨の際、アメノウズメ(猿女君の始祖)が魚たちを集め「神の御子(天孫たるニニギ)に仕えるか」と問うたとき、ナマコだけが答えなかった。起こったアメノウズメは小刀でナマコの口を裂いた、という内容が記されている。
これがナマコの口の説明で、大和朝廷には漁民も参加していたのでしょう。(笑)
21)日本のナマコ漁は古代から行われており、733年に献上された『出雲国風土記』にはナマコの産地として現在の島根県松江市美保関町などが紹介され、後年の『延喜式』にはイリコやこのわたが租税として納付されたと記されている。
22)江戸時代には、ナマコは中国(清)への主要な輸出品となった。干しナマコ・ふかひれ・干しアワビは特に多く輸出され、「俵物三品(たわらものさんぴん)」と呼ばれた。
干物なので、容器には俵が使用されたのでしょう。ナマコは触るのが嫌でなければ、手で掴めます。ですから初期の漁獲は、専ら海女の手に頼っていたのでしょう。酢の物や、薬膳鍋で食べます。
次は「ホヤ」ページです。
1)ホヤは、尾索動物亜門ホヤ綱に属する海産動物の総称。3000種類以上が知られる。「海のパイナップル」とも呼ばれれている。
海のパイナップルは知っていましたが、3000種とは知りませんでした。
2)成長過程で変態する動物として知られ、幼生はオタマジャクシ様の形態を示し遊泳する。外観は種が異なってもほぼ同じである。
3)幼生は眼点、並行器、背側神経、筋肉、脊索などの組織を有するなど無脊椎動物としては最も進化しており、脊椎動物に近い存在である。
4)成体は海底の岩などに固着し、植物の一種とさえ誤認されるような外観を持つ。また種ごとに特徴的な外観になる。
5)生活様式は、群体で生活するものと単体で生活するものがある。単体ホヤは有性生殖を行い、群体ホヤは有性生殖、無性生殖の両方を行う。
6)世界中の海に生息し、生息域は潮下帯から深海まで様々。多くのホヤは植物プランクトンやデトリタスを餌としている。
7)なお、俗称でホヤガイと呼ばれることがあるが、軟体動物の一群に別けられる貝類とは全く分類が異なっている。
8)ホヤは日本、韓国、フランスやチリなどで食材として用いられている。海産物らしい香りが強く、ミネラル分が豊富である。
9)日本では主にマボヤ科のマボヤとアカボヤが食用にされている。
10)古くからホヤの食用が広く行われ多く流通するのは主に東北地方北部沿岸の三陸地方。
11)食用に供される種であるマボヤは、日本では太平洋側は牡鹿半島、日本海側は男鹿半島以北の近海産が知られる。天然物と養殖により供給されている。
岩に付着、とありますから、岩から剥がすには道具が必要なのでしょう。何れも海女の仕事です。また養殖には、ロープを使用する様です。
お待たせしました。次は「クジラ」ページです。
1)クジラは、哺乳類のクジラ目、あるいは鯨偶蹄目の鯨凹歯類に属する水生動物の総称であり、その形態からハクジラとヒゲクジラに大別される。
2)ハクジラのうち、比較的小型(成体の体長が5m前後以下)の種をイルカと呼び区別することが多いが、クジラ類をイルカとクジラに大別するのは人為分類である。
まあ、分類は全て人類が行っていますが。(苦笑)
3)→詳細は「クジラ類の進化史」を参照
4)クジラの祖先は、新世代の始新世初期、南アジアで陸上生活をしていた肉食性哺乳類パキケトゥスの仲間とされている。
5)かつては、暁新世の原始的な有蹄類であるメソニクスとの類縁関係が考えられたが、近縁では現在のカバと共通の祖先を持つと考えられている。
6)当時はインド亜大陸がアジア大陸に衝突しつつあって、両者の間には後にヒマラヤ山脈として隆起する浅い海が広がっており、クジラ類の陸から海中への進出は、その環境に適応したものとされる。
中々壮大で、考古学も羨ましいです。(笑)
7)クジラには一定の生息場所はないが、元来は比較的暖海のものと考えられる。
8)それが水温の高低に対して適応範囲が広くなり、かつ食物等の関係で寒冷な極海まで近寄るようになったものと思われる。
9)例えばシロナガスクジラ、ナガスクジラ、イワシクジラなどのヒゲクジラ類においては世界中の海洋に分布しているが、食物を求める回遊のため南北両極付近に集まるのは有名である。
10)しかし南北両半球では季節が逆のため、鯨が赤道を越えて回遊することはない。ただしザトウクジラでは観測例もある。
11)万葉集では、今の鯨を指すとされる言葉は「イサナ(鯨魚、鯨名、勇魚、不知魚、伊佐魚)」または「イサ」であり、捕鯨は「イサナトリ」「イサナトル」である。
12)「鯨鯢(けいげい)」という呼称も一般的であった。
鯨が雄鯨で、鯢が雌鯨だそうです。
13)クジラは世界のさまざまな地域で神聖視されている。日本においても、漁業神や漂着神・「寄り神信仰」として神格化されてきた。
14)日本では、鯛と釣竿を持つ姿で知られ漁業の神でもある「恵比須」との同一視がなされた。
これは席亭も知りませんでした。
15)由来については諸説あるが、現在でも漁師が、鯨にカツオがつく様子を「鯨付き」と呼ぶように、漁群の水先案内として鯨類を目印としていて、その魚群を見つけ出す力を神聖視していたためといわれる。
16)東北、近畿、九州の各地方をはじめ日本各地で、鯨類を「エビス」と呼んでいて、恵比寿の化身や仮の姿と捉えて「神格化」していた。
17)これらはニタリクジラにカツオが付いたり、イルカにキハダマグロがつくように、鯨類に同じ餌(鰯など群集性小魚類)を食べる魚が付く生態から生まれた伝承であると考えられ、水産庁の加藤秀弘はニタリクジラとカツオの共生関係
および、えびす信仰との共通点を指摘している。
18)日本において「寄り鯨」・「流れ鯨」と呼ばれた漂着鯨もエビスと呼んで、後述のような資源利用が盛んであり、「寄り神信仰」の起源ともいわれている。
拾った宝、ですよね?(笑)
19)特に三浦半島や能登半島や佐渡島などに顕著に残り、伝承されている。
20)太地町−和歌山県。日本における捕鯨発祥の地であると言われている。
ですがこれは、近代の事でしょう。
21)鯨の利用:
22)鯨骨:→詳細は「鯨骨」を参照
23)鯨骨(クジラの骨)は先史時代から世界各地で狩猟具として加工利用されてきたことが、貝塚の発掘から判明している。
24)日本においては縄文時代や弥生時代の貝塚から狩猟具だけでなく、工業製品を加工する作業台や、宗教儀式で使われたと推察される装飾刀剣が発見され、色々な形でクジラの骨の利用がなされてきた。
まあ、金属製よりも安価なのでしょう。
25)古来からイヌイットは木の育たない環境で生きてきたため、住居の骨組みにクジラの骨を使っている。また近年ではカナダ、アメリカの先住民であるイヌイットや、ニュージーランドの先住民であるマリオが、歴史的にクジラを利用してきた
経緯から、クジラの歯や骨を加工した工芸品を作製している。
26)鯨肉:→詳細は「鯨肉」を参照
27)古くからクジラから採取した肉や皮を食べる習慣がある国や地域が存在する。日本、インドネシア、フィリピン、ノルウェー、アイスランド、グリーンランド、フェロー諸島、アラスカ、カナダなどであり、民族的・文化的な伝統の食材として、
調理法も多岐に渡っている。日本でも多様で高度に洗練された調理法が存在し、和食文化の重要な一部分を占めている。
28)食用部分も赤身の肉のみならず、脂皮や内臓、軟骨など国や地域によって多様である。
東海道の蒲原宿でも、イルカのすまし(ヒレ)は食べていました。
29)イギリスやフランスなどの西ヨーロッパでも食用習慣がなかったわけではないが、近海資源の枯渇などから消滅した。
30)鯨ひげ:→詳細は「鯨ひげ」を参照
31)「鯨ひげ」はヒゲクジラ類にのみ見られる部位で、上あごの本来歯が生えるべき部位の皮膚が変化してできたものである。爪と同じく終始のびつづける性質を持ち、両側あわせて600枚近くになることもある。
32)鯨の髭は捕食の際に歯の代りを行うもので、ヒゲクジラ類は大量に餌を口のなかにとどめておくフィルターの役割を果たすのが髭である。
33)主な餌の違いから、鯨種によって形状・性質はかなり異なる。
34)鯨の髭は適度な硬さと柔軟性、軽さを備えており、捕鯨の発達した地域では、プラスチックがなかった時代には工芸などの分野で盛んに用いられた。特にセミクジラのものが長大で柔軟なため珍重された。
35)日本における鯨の髭の利用は釣竿の先端部分、ぜんまい、裃の肩衣を成形するための部品など多岐にわたるが、特に有名なのは呉服ざし(ここからいわゆる「鯨尺」という単位の名が生まれた)と文楽人形の頭を動かすための操作索である。
36)西洋ではコルセットやドレスの腰を膨らませるための骨としても用いられた。
ぜんまい(普通はゼンマイ)は時計などに用いられるアレの事です。呉服ざしのリンクは、「尺」ページに飛びます。この尺には曲尺(かねじゃく)と鯨尺(くじらじゃく)が有ります。
また女性の美、コルセット(〜男の欲望)の為に、鯨が狩られた訳です。(笑)
37)鯨油:→詳細は「鯨油」を参照
38)鯨油はクジラの脂皮や骨などから採取した油であって、シロナガスクジラ、ナガスクジラ、イワシクジラ等のヒゲクジラ類からとったナガス鯨油と、マッコウクジラ、ツチクジラ等のハクジラ類からとったマッコウ鯨油があるが、
単に鯨油といった場合は前者を指すことが多い。
39)鯨油は古くから灯用、石鹸原料、グリセリン原料、製革工業、減摩剤塔に使用されていたが、近年では硬化鯨油として食用油(マーガリン原料など)、化粧品原料などさらに広範囲に利用された。
40)クジラ一頭から取れる油量はシロナガスクジラで約120バレルである。シロナガスクジラからとれる油量は他のクジラからとれる油量の最小公倍数であったため、捕鯨頭数などはシロナガスに換算して表示された(BWU方式)。
近代捕鯨は食用ではなく、この鯨油確保の為に行われました。自分らが散々悪い事をして頭数を減らしておいて今頃捕鯨反対だなんて、何て身勝手なのでしょうか?(苦笑)
またペリー襲来(来航)の目的(の一つ)も、この捕鯨でした。
41)その他の部位:
42)メロン体:マッコウクジラ頭部のメロン体周囲の繊維束(千筋)は、テニスラケットのガットに用いられた。
43)特別な部位:マッコウクジラの腸内生成物は竜涎香と称し、香料として珍重された。
竜涎香は、りゅうぜんこうと読みます。また部位ではなく、腸内物質(〜糞)です。
次に、「捕鯨」ページも合わせてご紹介します。
1)捕鯨とは、クジラを捕獲することである。いわゆるイルカを対象とするものも含む。
2)現在、大型捕鯨と小型捕鯨に分類されることがある。また、国際捕鯨委員会(IWC)は国際捕鯨取締条約(ICRW)締結国の大型捕鯨を、1商業捕鯨、2調査捕鯨、3原住民生存捕鯨の3つに分類している。
3)紀元前から、捕鯨を行う民族がいたと推察される遺跡が発見されている。
4)日本では縄文時代(紀元前131世紀頃−4世紀頃)の遺跡から鯨類の骨が発見されており、韓国の盤亀台岩刻画にも先史時代に捕鯨が行われていたと見られる図がある。
5)ヨーロッパでは11世紀にバスク人による捕鯨が盛んになった。かつては主に鯨肉や鯨油採取目的で行われていた。
6)歴史:古代から商業捕鯨モラトリアムに至るまでの捕鯨史について記述する。
7)先史時代:
8)ノルウェーにおいては紀元前3000年以降と見られるイルカまたは鯨を描いた洞窟壁画が発見されている。このうち鯨はいずれも小型のハクジラ類であるとみられ、周期的にフィヨルド内へと回遊していた個体を捕獲していたと考えられている。
9)朝鮮半島の南東部、慶尚南道において鯨を描いた洞窟壁画が存在する。これらの岩壁画は青銅時代から鉄器時代にかけてのものと見られ、金属器を用いて比較的大型の鯨を捕獲していたとされる。
10)日本でも縄文時代の遺跡から鯨類の骨が発見されており、一部では大量のイルカの骨が集中的に出土していることなどから、積極的な捕獲がすでに始まっていたと推測されている。
11)弥生時代の捕鯨については、長崎県壱岐市の原の辻(はるのつじ)遺跡から出土した弥生時代中期の甕棺に捕鯨図らしき線刻のあるものが発見されており、韓国盤亀台の岩刻画にみられる先史時代捕鯨図との類似性もあることから、
日本でも弥生時代に捕鯨が行われていた可能性が高いと考えられるようになった。
12)また、オホーツク文化圏でも古くから捕鯨が行われていた。
以下は省略します。
そしてトリを飾るのは、「真珠」ページです。
1)真珠あるいはパールとは、貝から採れる宝石の一種である。
2)真珠は貝の体内で生成される宝石である。生体鉱物(バイオミネラル)と呼ばれる。
3)貝殻成分を分泌する外套膜が、貝の体内に偶然に入り込むことで、(例えば、小石や寄生虫などの異物が貝の体内に侵入した時に外套膜が一緒に入り込み)天然真珠が生成される。つまり成分は貝殻と等しい。
4)貝殻を作る軟体動物であれば、真珠を生成できる。
5)外套膜は細胞分裂して袋状になり、真珠を生成する真珠袋をつくる。その中でカルシウムの結晶(アラレ石)と有機物(主にタンパク質のコンキオリン)が交互に積層した真珠層が形成されて、真珠ができる。
6)この有機質とアラレ石の薄層構造が干渉色を生みだし、真珠特有の虹色(オリエント効果)が生じる。
7)真珠層の構造や色素の含有量などの複雑な条件によって真珠の色・照りの程度そして宝石としての価値が決まる。したがって、宝石としての価値を持つ真珠は原則的に真珠層を形成する種からしか得られない。
8)日本の養殖真珠の発明とは「球体に削った核を、アコヤガイの体内に外套膜と一緒に挿入し、真珠層を形成させる」というものである。
9)巻貝から生成されるコンク真珠やメロ真珠は真珠層が形成されない。こういった真珠層を持たない種が形成した真珠の事を、上記のアコヤガイなどから得られる宝石としての真珠と区別するために真珠様物質と呼び分ける場合もある。
10)真珠様物質に分類される物でも老子の真珠のように大きさや希少性によっては宝石としての真珠を上回る価値がつく場合もある。
11)天然では産出が稀であるが加工が容易で「月のしずく」「人魚の涙」とも呼ばれているほど美しい光沢に富むため、世界各地で古くから宝石として珍重されてきた。
12)またその希少性から薬としての効能を期待し、服用される例がしばしば見られる。日本でも解熱剤として使用されていた事が(2006年時点で)確認されている。
13)エジプトでは紀元前32世紀頃から既に知られていたと言われるが、宝飾品としてあるいは薬として珍重されるようになったのは後の時代である。
14)クレオパトラが酢に溶かして飲んでいたと伝えられる。
15)世界の他の地域でも中国大陸では紀元前23世紀頃、ペルシャでえ紀元前7世紀頃、ローマでは紀元前3世紀頃から真珠が用いられていたという記録がある。
16)日本は古くから真珠の産地として有名であった。北海道や岩手県にある縄文時代の遺跡からは、糸を通したとみられる穴が空いた淡水真珠が出土している。
17)『魏志倭人伝』にも邪馬台国の台与が曹魏に白珠(真珠)5000を送ったことが記されている。
18)『日本書紀』や『古事記』、『万葉集』にも真珠の記述が見られ、『万葉集』には真珠を詠み込んだ歌が56首含まれる。当時は「たま」「まだま」「しらたま(白玉)」などと呼ばれた。
19)特に備前国の大村湾は『肥前国風土記』にも記されているように、天然真珠の一大産地であった。
これは知りませんでした。
20)景行天皇は湾の北岸地域に住んでいた速来津姫・健津三間・箆簗らから、白玉・石上神木蓮子玉(いそのかみいたびだま)・美しき玉の3色の玉を奪い取った。
天皇は「この国は豊富に玉が備わった国であるから具足玉国(たまそなうくに・そないだまのくに)と呼ぶように」と命じ、それが訛って彼杵(そのぎ)という地名になったともいわれる。それら3色の玉は石上神宮の神宝となった。
21)平安時代の『延喜式』「雑式」には、貴族達が家来を派遣して盛んに対馬の真珠を買いあさったため、人々が混乱していると記述されている。
22)志摩国(現三重県東部)の英虞湾や、伊予国(現愛媛県)の宇和海でアコヤガイから採取されていたが、日本以外で採れる真珠(外国産)に比べ小粒だった。
23)真珠は装飾品としてだけでなく、呪術的な意味も持っていた。仏教の七宝に数えられることもあり、寺院跡地からは建立時の地鎮祭に使われた鎮檀具の一つとして真珠が出土することもある。
独特の輝きから眼病薬や解毒剤としての効能があるとも信じられていた。
24)日本の真珠の美しさはヨーロッパまで伝えられ、コロンブスも憧れたという。
25)真珠養殖の歴史は古く、中国大陸で1167年の文昌雑録に真珠養殖の記事があり、13世紀には仏像真珠という例がある。ただしこれらは貝殻の内側を利用する貝付き真珠である。
26)19世紀後半から20世紀初頭にかけて、フランスのルイ・ブータン、イギリス人ザビル・ケントなど各国で養殖真珠の研究が行われていた。
27)日本では、1893年(明治26年)に東大三崎臨海実験所箕作佳吉の指導をうけた御木本幸吉が英虞湾神明浦で養殖アコヤガイの半円真珠の生産に成功した。
28)また、1905年(明治38年)に御木本幸吉は英虞湾の多徳島で半円の核を持つ球状真珠を採取したことが知られている。この採取によって御木本幸吉は真円真珠の養殖成功を確信する。
29)この1905年(明治38年)が真円真珠の生産に成功した年と書かれることが多いが、これは誤りである。
30)1930年代にクウェートやバーレーンなど真珠を重要な産業としていた国は、養殖真珠の出現と、それに伴う真珠価格の暴落によって真珠産業が成り立たなくなり、世界恐慌の時期と重なったこともあり経済に大打撃を受けた。
某歴史ゲームにも、この中東の真珠は登場しています。漁獲は、潜水で行っています。
31)琵琶湖では、もともと貝桁網漁業者が採取していたイケチョウガイ、メンカラスガイなどの貝類から天然の淡水真珠が10%程度という高い確率で採れていた。こういった事情から、養殖の研究が始まったという話もある。
32)種類:
33)本真珠:本来は鮑玉(あわびだま、アワビの内部に形成される天然真珠)のことを指すが、現在はアコヤガイの真珠や淡水真珠まで含めている。その際には貝パールなどのイミテーションではないという意味。
34)天然真珠:天然の真珠貝によって自然に生成されたもので、その貝の中から偶然見つかる真珠のこと。1920年代に養殖真珠ができるまでは、1万個の貝から数粒しかみつからない程度の確率だと言われ、養殖真珠よりかなりの
希少価値があったがその価値は1930年代の世界恐慌などの影響により暴落した。
35)養殖真珠:真珠貝に核を挿入するなどして、人の手を加えてつくりだした真珠。真珠層の成分と構造は天然真珠と同じである。現在、真珠貝を人工的に採苗して母貝にすることが主流であるが、天然の真珠貝を使う場合もある。
36)南洋真珠(白蝶真珠):シロチョウガイ(白蝶貝)から産する真珠。主にオーストラリア、インドネシア、フィリピン、ミャンマーで養殖および輸出されている。オーストラリア産の南洋真珠は青みがかった色を呈することが多い。
一方、フィリピン産は黄色・金色の珠が多い。日本では琉球真珠にいより沖縄県八重山列島で養殖されている。また、近年ではあまり見られなくなったが、真円真珠の養殖が終わった老貝で半円真珠を生産することもある。
37)黒蝶真珠(黒真珠):クロチョウガイ(黒蝶貝)から産する真珠。主にタヒチ(仏領ポリネシア)で養殖される。日本では琉球真珠により沖縄県や八重山列島で養殖されている。タヒチで生産されるものは南洋真珠(南洋黒蝶真珠)と
呼ばれることもある。また他の真珠を染色処理し、黒真珠と呼んでいるものもある。
以下は省略します。
膨大な行数と成りましたが、海の漁業=陸の植物猟(農業)+動物猟(牧畜その他)ですので、ご容赦下さい。ここで一旦、農耕社会に戻ります。
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