音楽

Civの古典テクノロジーには「演劇と詩」が有りますが、残念ながら音楽は有りません。この辺り、かなり貶められている気もします。
そしてこの音楽は、6)耳と音、10)口と声に関係しています。楽器を使用する場合には、11)手足とその力学的な出力も関係するでしょう。
そこでこの音楽をWikiで調べると、「音楽」ページがヒットします。

1)音楽(おんがく、英語:Music、フランス語:Musique、イタリア語:Musica、スペイン語:M〇(u+')sica)とは、音による芸術である。
2)音楽はあらゆる人間社会にみられる普遍文化だが、その定義は文化によって様々である。音楽は先史時代から存在したとされる。

3)定義:→詳細は「音楽の定義」を参照
4)広辞苑では「音による芸術」と定義されている。
5)4世紀古代ローマの哲学者、アウグスティヌスの『音楽論』では「Musica est scientia bene modulandi(音楽とは音を良く整えるスキエンティアである)」とされた。
6)ジョン・ブラッキングの書では「人間が組織づけた音」とされた。
7)ジョン・ケージは「音楽は音である。コンサートホールの中と外とを問わず、われわれを取り巻く音である。」と語った。
音と音楽との差は難しいですよね? 人間が作った作品とは、AI時代には言えませんし・・・。

8)語源:
9)『呂氏春秋』(紀元前239年に完成)に既に「音楽」という表現がみられる。
10)音楽の由来するものは遠し、度量に於いて生じ、太一に於いて本づく(『呂氏春秋』大楽)
11)英語の"Music"を始め、ヨーロッパの多くの言語においては、古代ギリシャ語の〇(mousike; 「ムーサの技[わざ]」の意)を語源とする。ムーサはミューズの名でも知られる芸術や文化を司る女神である。

13)分類・種類
14)各国の音楽:
国別の項目が記されています。
15)ジャンル:→詳細は「音楽のジャンル一覧」を参照
16)音楽の「ジャンル」とは、音楽の様式や形式のこと。
17)古来より音楽は多くの社会で娯楽、宗教、儀式などを通じ、生活に密接したものになっており、多くの特徴ある形式や様式を生み出してきた。
18)音楽のジャンルは、現在聞くことの出来る音楽の様式・形式であると同時に、発生した源、歴史の手がかりとなっている。
19)現代の音楽は、様々なジャンルの複雑な合成になっていることが多い。

20)歴史:→詳細は「音楽史」を参照
21)古代の音楽の歴史:→詳細は「古代の音楽」および「古代西洋音楽」を参照
22)音楽は有史以前から行われていたとされるが、それがいつ何処で、どのような形で始まったかは定かでない。ただ、それは歌から始まったのではないかと考えられている。
23)西洋では、古代ギリシアの時代にはピタゴラスやプラトンにより音楽理論や音楽に関する哲学が始まっており、古代ギリシアの音楽はギリシア悲劇や詩に伴う音楽が主であった。これが後のクラシック音楽に繋がっている。

→ピタゴラス音律と三分損益法

24)東洋では、江戸時代まで総検校塙保己一らによって温故堂で講談された和学や、中国神話によると、縄の発明者の氏族が歌舞や楽器、楽譜などを発明したとされる。
25)塙保己一は、撚糸である縄や結縄の発祥を日本列島から出土する土器や房総半島飯岡の網小屋に遺る有結網に捜し求めた研究成果を群書類従に編纂した。
   ・歌舞の発明者―『葛天氏』治めずして治まった時代の帝王。縄、衣、名の発明者でもある。
   ・琴瑟の発明者―『伏羲』三皇の初代皇帝。魚釣り、結縄、魚網、鳥網、八卦の発明者でもある。
   ・笙簧の発明者―『女〇』天を補修し人類を創造した女性。
女〇はじょかと読みます。古代中国神話と道教に登場する人類を創造したとされる女神です。

26)ジャンルごとの歴史
27)クラシック音楽の歴史:→詳細は「音楽史§西洋音楽史」を参照
28)クラシック音楽の音楽史においては、8世紀頃まで遡ることができる。
29)まず、この頃にキリスト教の聖歌であるグレゴリオ聖歌や、多声音楽が生まれ(中世西洋音楽)、これが発展し、15世紀にはブルゴーニュ公国のフランドル地方でルネサンス音楽が確立された。
30)16世紀には本格的な器楽音楽の発達、オペラの誕生が起こり、宮廷の音楽が栄えた(バロック音楽)。これ以前の音楽を、初期音楽と呼ぶことが多い。
31)その後18世紀半ばになると民衆にも音楽が広まり、古典派音楽と呼ばれる「形式」や「和声」に重点をおいた音楽に発展した。
32)また、この頃から一般的に音楽が芸術として見られるようになる。
33)19世紀には「表現」に重点を置いたロマン派音楽に移行し、各国の民謡などを取り入れた国民楽派も生まれる。
34)20世紀頃には「気分」や「雰囲気」で表現する印象主義音楽や、和声および調の規制をなくした音楽などの近代音楽が生まれ、さらに第二次世界大戦後は現代音楽とよばれる自由な音楽に発展した。
時代が下がりましたので、以下は省略します。

35)要素
36)音の要素:
37)音には、基本周波数(音の高さ、音高)、含まれる周波数(音色、和音など)、大きさ(音量)、周期性(リズム)、音源の方向などの要素がある。
音には周波数がある為、各周波数ωに対して強度f(ω)が有ります。これが時間軸方向に連続している訳ですから、f=f(ω,t)となります。
また音波は波ですから、進行方向が有ります。音波が音源から各方向Θに拡散するとすれば、音の強度はΘの関数、f=f(Θ)でもあります。

38)西洋音楽における三要素の概念:
39)上記の要素に関連して、いわゆる西洋音楽の世界では、一般に音楽はリズム、メロディー、ハーモニーの三要素からなる、と考えられている。
リズムは拍子ですから、ワルツ三拍子、ジャズ四拍子、などです。それこそ、古くは手拍子だったのでしょう。メロディは、時間軸方向の音の流れ(〜主旋律)です。ハーモニーは和音、重なりですから、
合唱隊のコーラスの様なそれ(〜各時間毎)ですね。(笑)
40)だが実際の楽曲では、それぞれが密接に結びついているので一つだけを明確に取り出せるわけではない。
41)また、音楽であるために三要素が絶対必要という意味ではない。
42)たとえば西洋音楽以外ではハーモニーは存在しないか希薄であることが多いし、逆に一部の要素が西洋音楽の常識ではありえないほど高度な進化を遂げた音楽も存在する。
43)このようにこれら三要素の考え方は決して完全とは言えないが、音楽を理解したり習得しようとする時に実際に用いられ、効果をあげている。
実際には先に述べた様に、f=f(ω,t,Θ)以上な訳です。

44)西洋音楽において和音が確立した音楽におけるメロディ:
45)メロディ(旋律)は特に和音の構成によってなされており、和音は周波数のおよそ整数比率によって発生する。
和音には(ド、ミ、ソ)などが有りますが、ミの音はドの5/4倍、ソの音はドの音の3/2倍の周波数です。

46)音の発生方法:
47)音を発生する方法には声、口笛、手拍子、楽器などがある。
48)西洋の伝統的な分類法においては楽器は息を吹き込む管楽器、弦を振動させることで音を出す弦楽器、そして楽器そのものを打ったり振ったりして音を出す打楽器(太鼓など)の3つに分類される。
49)楽器は地域的な特色が強く出るものであり、西洋音楽の普及によって西洋起源の楽器が世界中に広まっていった後も、世界各地にはその土地ならではの特徴的な楽器が多く存在し、同じ楽器でも使用する素材が異なることも珍しくない。

50)音楽と脳:→詳細は「音楽心理学」を参照
51)音楽を、単なる「音」ではなく、また「言語」でもなく、「音楽」として認識する脳のメカニズムは、まだ詳しくわかっていない。
耳のメカニズムは、さえずりや発声を聞くそれに近いのでしょう。
52)それどころか、ヒトが周囲の雑多な音の中からどうやって声や音を分離して聞き分けているのかなど、聴覚認知の基本的なしくみすら未解明なことが多い。
音のフィルタリングメカニズムはかなり難しそうですが、予め(ヒトにとってこう有って欲しいという)テンプレートが用意されているのでしょう。
53)しかし、音楽と脳の関係について、以下のようないくつかの点はわかっている。
   ・音楽に関係する脳:側頭葉を電気刺激すると音楽を体験するなどの報告から、一次聴覚野を含む側頭葉が関係していることは確かである。
   ・音楽、とくにリズムと、身体を動かすことは関連している。
   ・音楽には感情を増幅させる働きがある。たとえば映画・演劇などで、見せ場に効果的に音楽を挟むことによって観客の涙を誘ったり、あるいは怪談話の最中におどろおどろしい音楽を挟むことにより観客の恐怖感を煽る、といったものである。
   ・幼い頃から練習を始めた音楽家は、非音楽家とくらべて大脳の左右半球を結ぶ連絡路である「脳梁」の前部が大きい(Schlaugら、1995)。
    楽器の演奏に必要な両手の協調運動や、リズム・和音・情感・楽譜の視覚刺激などといった様々な情報を左右の皮質の各部位で処理し、密接に左右連絡しあうことが関係している可能性がある。
   ・絶対音感:聴いた音の音階、基準になる音との比較なしに、努力せずに識別できる能力のことで、9−12歳程度を超えると身に付けることができないといわれている。
    アジア系の人には絶対音感の持ち主が多いと言われているが正確なデータはなく、これが遺伝的、文化的要因のいずれによるのかも医学的な根拠は示されていない。
    また、絶対音感を持っている人と持っていない人では、音高を判断しているときに血流が増加する脳の部位が異なる。
    持っていない人では、音高を短期記憶として覚えることに関係する右前頭前野の活性が弱いのに対し、持っている人では記憶との照合をする、背外側前頭前野の活性が強かったという。
    また絶対音感保持者では側頭葉の左右非対称性(左>右)が強いという(Zattoreら、2003)。
   ・音楽と数学の関係:中世ヨーロッパで一般教養として体系化された「自由七科」では、音楽は数学的な学問の一つとして数えられている。
    また、子供に音楽の練習をさせると数学の成績が伸びたという報告(Rauscherら、1997)もあり、音楽と数学の関連性を示唆する。
   ・楽器を習うと脳の両側が刺激され、記憶力が強化される。
   ・音楽は、認知機能を刺激し、幸福を促進し、生活の質を改善する。リラックスしたり、エネルギーを増やしたり、思考を改善したり、その日のやる気を引き出したりする必要がある場合でも、
    明るい音楽は最も必要なときに追加のサポートを提供できる。科学者たちは、音楽を聴くことで、思考や動きを変えるさまざまな脳の領域を刺激できることを発見した。
   ・多くの研究は、勉強しながら環境音楽を聞く大学生は、不安が少なく、集中力があり、テストスコアが高いことを示している。 環境音には、自然音、アコースティックギター、ピアノ、電子音などの心地よい楽器音が含まれる。
    お気に入りの音楽の曲は、前向きな思い出をかき立て、気分を高め、落ち着いたリラックスできる雰囲気を作り出すことができる。
    環境音楽はまた、分析的思考と創造性に関与する脳内の領域を活性化し、情報を吸収して保持する脳の能力を高めると考えられる。
   ・残念ながら、音楽は脳に多くの恩恵をもたらすが、言語と音楽は脳の同じ部分で処理されるため、環境音楽以外の音楽を聴きながら作業をすると、創造性と読解力が著しく損なわれる。
    研究者たちは、音楽を聴くことによって、言語情報を記憶し、課題を完了する能力が破壊されると推測している。
囲碁などでは、音楽を聴きながら打つとかなり弱く成ります。単純作業向けの音楽は確かに有りますが、(エモーショナルな)音楽は論理的な作業には向かない様です。
以下は省略します。次は「音楽史」ページです。

1)音楽史(おんがくし)では、音楽の歴史について解説する。

2)研究:
3)音楽史は複数にわたる研究対象と方法がある、音楽学および歴史学の領域の一つである。
4)研究対象として、歴史学的な時代区分に基づいたもの、また特定の地域における音楽史を扱ったもの、さらに特定のジャンルに限定したもの、演奏慣習や音楽理論など音楽学的な主題を扱ったものなどが挙げられる。
5)また記述の方法については音楽の形式、音楽の基盤にある音楽文化などが試みられている。
6)このような音楽史を扱う学問は音楽史学であり、これは一般的な歴史学と同様に資料批判を踏まえて史実を叙述する学問でありながらも、音楽という芸術を扱うために美的な価値判断を伴う特徴がある。
芸術の評価は科学のそれとは違い、難しいです。絶対的な基準が無い為、個人差が出そうです。
7)古代を別として音楽史学の最も古い研究の一つはガルヴィジウスによる『音楽の起源の進歩について』(1600年)である。
8)ガルヴィジウスの後の音楽史学における業績にはマルティーニ神父による『音楽史』(1757−81)、ゲルベルトとクスマケールの中世音楽史の研究、ヤーン、ヴェストファール、ヘーヴァールトなどによる古代ギリシア音楽史の研究、
  ヴィンターフェルトによる『ガブリエーリ時代の研究』などがあり、これらが音楽史学の学問的伝統を形成している。

9)全世界の音楽作品の系譜を音楽史として統一的に叙述することは極めて困難な作業である。音楽史の起点とするべき音楽の起源にもいくつかの学説があるほか、多種多様な音楽が並存しており、それぞれの歴史体系も異なるからである。
  ただし、その中から共通するものを見出そうとする試みはつづけられている。
10)なお、レコードなどにおける「音楽史」というジャンルは、バロック音楽以前の西洋音楽(いわゆる古楽)を示す。

11)音楽の起源:→詳細は「古代の音楽」を参照
12)音楽の歴史は有史以前まで遡ることが出来る。
13)音楽の起源に対しては、「言語起源説」「労働起源説」「模倣起源説」「呪術起源説」などがある。
14)音楽学者のクルト・ザックスは、自然民族における音楽現象を研究し、最も原初的な音楽様式として、以下の二つを挙げた。
   1.「言語起源的」な様式(抑揚をつけて言葉を唱えることから始まった)
   2.「感情起源的」な様式(形にとらわれず感情をほとばしらせることから始まった)
    やがてこの二つは混ざり合い、    3.「旋律起源的」な様式に発展したと言う。
15)あるいは手拍子を伴ったかもしれない。原初の楽器は打楽器であったと推測できる。
16)リズムが生まれたが、ハーモニーと呼べるものを生みだすのは困難であっただろう。
ハーモニーは斉唱から容易に得られると思います。他の動物にもこの斉唱は遍在するでしょう。人間の場合は鳥とは違い、音声に高低が有りそうだからです。(笑)
17)確実に最古の管楽器と考えられているものは約36000年前のものであり、ドイツウルム近郊の洞窟から出てきた骨の笛を現生人類が使用したと考えられている。
18)また古い笛としては、およそ3000年前の地層から出土した骨を利用した笛があり、現代のリコーダーのような形をしている。
3000年前とは、かなり新しいです。葦笛などは遺品としては残らないのでしょうが、楽器は容易に得られます。
19)古代人にとって、猛獣や猛禽類や蜂を始めとする害虫、また天災から身を守ることが毎日の生活の大きな課題であり、古代の音楽は、その課題を解決するために考案されてきたと考えられている。
これは席亭は初耳でした。確かに熊鈴は必要ですよね?
20)巨大動物の威嚇音を模した法螺貝は猛獣を追い払い、錫杖は地を鳴らして蛇を驚かせ、また原初の鐘とされる武は何個も同時に打ち鳴らすことで猛獣を退散させたと伝えられる。
21)このように生活の安全を守ってくれる音楽は、後に、祈りや祝祭、あるいは狩猟や儀式などに用途を代えていった。
この音楽には絶大な効果が有りますから、彼らは高位の神となるのでしょう。(笑)ミューズやアポローン/ギリシア神話は有名です。インドではガンダルヴァや緊那羅で、日本では弁財天です。席亭も緊那羅は初めて知りました。

22)生物学的な音楽の起源:
23)音楽は人類共通のものであり、あらゆる文化において存在する。さらには、生まれたばかりの赤ん坊であっても、音楽に対する関心を示すことから、ヒトという種は、音楽に対して何らかの遺伝的基盤を備えていると思われる。
鳥はさえずりますから、鳴き声や歌などは種あるいは種の社会に既に備わっているのでしょう。そんなに不思議な話とも思えません。
24)一方、ヒト以外の動物には音楽がほとんど存在しない。
25)鳥類や海獣類のなかには、発声を応用した「歌う」種がわずかにあるばかりである。
楽器を演奏するには、手が必要でしょう。
26)また、これらのヒト以外の動物種による「歌う」行動は、音楽の一形態と解釈するよりは、別の機構から発現した類似の一形態と考える方が、多くの場合妥当である。
27)特に霊長類には、「歌う」種すら乏しく、ヒトの音楽の起源に関しては、独自の進化により獲得したものだと考えられる。
独自とは言いながらも、それは模倣であると席亭は思います。

28)人類の音楽的能力が高いことに関しては、これまで幾つかの説が誕生している。
29)ダーウィンは、性的衝動の表現として動物の鳴き声があり、音楽の上手い個体が異性に好まれるため、音楽的資質の高い遺伝子が選択されたという「性選択説」を提唱している。
確かに、歌の上手い異性には性的な魅力が有ります。雄叫びでしょうか?
30)ただし、音楽の起源に関する遺伝的研究は未発展であり、全ての説がデータとして裏づけのない推察の上に成り立っており、仮説の域を出ていない。
31)またルソーやスペンサー、ヘルダーなどは人間の言語に注目し、言語がもっている音韻から派生して初期の音楽である歌が生まれたと見ている。
32)この他にも音楽の起源をリズムとするヴァラシェク、労働という活動に起源を見出すビューヒャー、信号的要素を起源とするシュトゥンプフなどが主張を展開している。
33)最近では、人類の言語に対する認知能力が進化するにともない、それが副産物的な能力として人類の音楽的能力も高めたという「帰無仮説(null hypothsis)」も有力とされている。
確かに、時間軸方向に言葉、音素を連結する作業は同じですよね?
34)エドワード・サピアは『言語』で言語の起源の一つに音楽をあげているが、言語の起源と同様に証明することは不可能である。
35)オリバー・サックスは対談で『レナードの朝』で出てきた嗜眠性脳炎の患者は音楽が鳴っている間は、ダンスをすることも歌うこともできるが、音楽が消えるととたんにその力も消えるという。
36)嗜好があるが、リズムとテンポという音楽のビート(拍子)の部分が重要で、ビートに反応する他の霊長類はないという。
ビートの原初とは、手拍子と足踏みのどちらなのでしょうか? 何れにしても、行軍に関係していそうです。(笑)
§西洋音楽史、§東洋音楽史は歴史が浅いので、省略します。次は「古代の音楽」ページです。

1)古代の音楽(こだいのおんがく、英:Ancient music)とは初期音楽の時代の始まりとされている5世紀以前の音楽をさす。
2)さらに古代音楽は先史時代の音楽(Prehistoric music)と分けて考えられることもある。
3)古代の音楽といっても、その言葉で意味される音楽は種類も地域もさまざまである(メソポタミア、エジプト、ペルシア、インド、中国、日本、ギリシア、ローマなど)。
4)古代音楽は、単純な音程と音階という特徴を持ち、口承または文字によって伝えられた。

5)音楽のはじまり:
6)音楽の起源は有史以前にさかのぼり、それがどのようなものだったかその実相は定かではないが、人文史を伝える中国神話には、歌、笛、弦楽器の起こりが記されている。
7)世界最古の笛:
8)もっとも古い笛と考えられているものは、1995年、スロベニア芸術科学アカデミーのスロベニア人古生物学者イヴァン・テュルクによってスロベニアのDivje Babe1号窟で発見されたもので「ネアンデルタール人の笛」として議論されている。
ですから、楽器はホモ・サピエンスよりも古い訳です。
9)これは4万3000年前の中期旧石器時代までさかのぼると考えられている。これは中空になった子供のアナグマの大腿骨であり、いくつかの穴があいていた。これは楽器なのかそれとも肉食動物が噛んでできた単なる骨なのか現在も議論が続いている。
10)確実に最古の笛と考えられているものはドイツ、ウルム近郊の洞窟から出てきた骨の笛で約3万6000年前のものであり、現生人類が使用したと考えられている。
11)また最古の木製の笛はアイルランドのダブリンの南約27キロ地点にあるGreystonesで2004年に発見された。
12)イチイの木でできた30センチから50センチの笛であり、6本まとまって出土した。笛は先のほうが細くなっており、指で押さえるための穴はなかった。これらの笛はひもでひとつになっていた可能性もある。
骨や木は、笛の原材料としては頷けます。前述した様に骨髄は携行食でしたから、身近に在りました。

13)中国河南省では1986年、裴李崗文化の代表的遺跡である賈湖遺跡からいくつかの「骨笛」が出土した。紀元前6000年頃のものと考えられている。
14)それらは5つから8つの穴があり、タンチョウの骨からつくられていた。発見されたとき、そのうちの一つはまだ演奏できる状態だった。
どんな音が出たのでしょうか? 元々音は古代技術では録音が困難である為、他の芸術と比べると記録面、歴史面では不利です。(苦笑)
15)文献資料としては、人類を創造したとされる女〇が笙簧の発明者であると記した古典籍が多数遺る。
以下は省略します。

16)キクラデス文明:
17)19世紀、キクラデス諸島のひとつケロス島の初期キクラデス文明(前29世紀−前20世紀)の洞窟から二人の大理石製の石像が発見された。
18)その一人は立った姿でダブルフルートを演奏し、もう一人は座って三角形のリラもしくはハープを演奏していた。
19)ハープ奏者は約23センチの高さで前27世紀から前25世紀にかけてのものと考えられている。
20)彫像の奏者は演奏に一心で、見上げるように頭を傾けているようすが描かれている。

21)世界最古の歌:
22)世界最古の歌として知られているものは1950年代のはじめ現在のシリアのウガリットから出土した約3400年前の粘土板にフルリ語で書かれていたものである。
23)粘土板が欠けているため、確実なことはわからない。そのため書かれた文字の解釈は分かれているが、その歌は全音階であったと言われている。
24)ある解釈ではこの歌は2つのメロディーから成り立っているとし、別の解釈によれば(モノフォニックの)メロディーパートとリズムのパートから成り立っているという。
25)文献資料としては、『呂氏春秋』−古楽篇に葛天氏による歌舞の発明が記され、『史記』−司馬相如列伝には葛天氏の合唱がどんなものであったのか記されている。
26)葛天氏の氏族の歌は千人で合唱して万人を和し、山を震動させて川を沸き立たせたと記されていることから、人の声音を重ねることで自然界を制御したらしいことが窺える。
合唱によるパワーアップはかなり効果的です。某軍隊では望郷の歌を合唱して、敵の戦力を削ぎました。(笑)

27)古代ペルシアの音楽:
28)イランのスーサではエラム時代の遺跡から(紀元前3500年−644年)、音楽の存在を示す像が出土している。この時代の音楽について詳しいことはわかっていないが、ギター、リュート、フルートなどに似た構造の複数の楽器が使われていた。
29)またバーバトと呼ばれるマンドリンに似た楽器が紀元前8世紀ごろ考案された。ヘロドトスが記すところによればアケメネス朝時代のペルシアで音楽は特に宮殿において重要な役割を持ち、ミスラ神への礼拝などの宗教的祭事の時に非常に重要視された。

30)メソポタミアの音楽:
31)カリフォルニア大学バークレー校のAnne Draffkorn Kilmerがイラクのニップルから出土した紀元前20世紀頃の粘土板を解読した結果、音楽の演奏法が断片的にしめされていることがわかった(Kilmer1986)。
32)その音楽は全音階を用い、三度のハーモニーで構成されていた。その粘土板の記譜法は紀元前1250年頃に作られたものとはまた別のものであった。
33)記譜法については議論があるものの、リラのチューニングについての指示があり、それは別の粘土板でも言及されているものである(West1994)。これらの粘土板は断片的だが記録に残る最古のメロディーである。
34)またナブニトゥ(Nabnitu "創造物"の意)と呼ばれる複数の粘土板からなる古バビロニア期(前18世紀ごろ)のシュメール語、アッカド語でかかれた百科事典のようなものがウルから出土している。
35)この百科事典には記譜法について記したものが含まれていた。粘土板の解読は難しいが、分析した結果、楽器は特定できないが、9本の弦とその音程についての記述があった。
36)これら9本の弦は対称的になるように"123454321"と番号が振られていた。これらは2つの段落に分かれて記されており、ひとつはシュメール語で、もうひとつはアッカド語で書かれていた。
37)この粘土板のコレクションは大英博物館に収蔵されている。

38)ウルのハープ:
39)1929年、レオナード・ウーリーがイラクのウルにあるメソポタミア時代の遺跡から断片化した少なくとも3つのハープを発見した。
40)断片はアメリカのペンシルベニア州とロンドンの大英博物館、イラクのバグダッドに分けて保管された。これらのハープは紀元前2750年頃と見積もられた。
41)何度か復元作業が試みられたが満足な形には至らなかった。
42)いくつかの解釈があるが、これらはハープというよりはリラの仲間であるという。
43)この中でもっとも有名な牛の頭部をもつハープはバグダッドに保管されていたが、イラク戦争で破壊された。
ですから、保管以外にも分解と分析、記録が必要な訳です。
44)古代エジプト、アッシリア:
45)アッシュールバニパル(前705年−前681年)はアッシリアの王であった。彼が治めたアッシリアの首都ニネヴェから見つかった壁画彫刻(bas-relif)はユダヤ都市Lachishの崩壊を描いており、その中にエラムの宮廷楽団が描かれていた。
46)それには7人のリラ奏者とおそらくダルシマー奏者と考えられるものが一人含まれている。そのリラは7本の弦を持っていた。
47)完全なハープの形をしたものは前12世紀頃、ラメセス三世の時代の壁画に描かれたものがある。
48)「ハープ奏者の墓」と呼ばれている壁画彫刻には2人の盲目の奏者が描かれている。

49)古代ギリシアの音楽:→詳細は「古代ギリシアの音楽」を参照
50)古代ギリシアの音楽家たちは彼ら独自の体系的な音楽記法のシステムを持っていた。このシステムはギリシアの音楽家たちに広く使われたわけではないが、それでも古代ギリシア、ローマから少なくない量の音楽的史料が今日に伝えられている。
51)ホメーロスの叙事詩はもともと楽器の伴奏とともに朗唱されたが、それがいったいどんなメロディーだったのかは伝わっていない。しかし古代ギリシア時代の完全な形の音楽が残存している。
52)「セイキロスの墓碑銘」は最古の完全な楽曲のひとつであり、クレタ島の作曲家メソメデス(2世紀)による3つの完全な形の賛歌が残っている。
53)他には断片的であるが古代ギリシアの音楽が伝えられており、それらは悲劇、エウリピデスの演劇オレステースのためのコロス(コーラス)、ソフォクレスのアイアコスから器楽曲などである。
54)ローマ人は彼ら自身の音楽表記法を持たなかったが、いくらかのローマ人はギリシアのシステムを学んだようである。

55)古代の音楽はいつもモノフォニックだったと考えられていたが、古代ギリシアの音楽のいくつかの断片、たとえばオレステースのものからははっきりとひとつ以上の音が同時に鳴らされるように指示されている。
56)また壁画や壷などにはダブルパイプというバグパイプのようなものが書かれている。加えて、ギリシアの書物、たとえばアリストテレスのものには当時の音楽のテクニックについての言及があり、ハーモニー(和音)も存在していた。
57)アウロスと呼ばれるダブルリードの楽器は他のものが詩を朗唱している間ドローン(変化せず持続する音)、もしくは主音として使用されたと考えられている。

58)中国の音楽:
59)中国は、古くより「楽」という概念があった。これは今日の「音楽」が有する娯楽・芸術的要素よりも政治・道徳・倫理的観点が重要視された。
60)儒家・道家・法家など諸子百家によってそれぞれの楽論があったが、後世に最も影響を与えたのは儒家(儒教)の楽論である。
61)『礼記』や『孝経』によれば、「楽」とは本来人の心から発した精誠を込めた真心の表現手段であり、王者は「楽」を“治情の具”(『旧唐書』音楽志(一))として人民の内的心情に訴えることで精神を統制・改造して王者の教化に従わせるためのもの
   であり、外的規制である「礼」と組み合わせられて「礼楽」とも呼ばれた。
62)孔子は礼楽を重要視して『楽経』を編纂したが、『楽経』のみが早くに散逸して伝われなかったために、6つあったとされる儒教の経典は今日の五経になってしまったという。
礼学は尤もです。動作だけではなく、音楽も統治者にとっては大切です。
63)従って、前漢までは「楽」を論じるということは、音楽そのもの(楽理・楽技)ではなく、音楽による社会秩序の維持方法に関するものであった。
64)だが、そうした中でも正しい楽器・楽曲の使い方が出来なければ、“治情の具”としての効果を発揮できないという観点から専門的な楽書・楽誌が出現するようになった。
65)唐の時代に則天武后が元万頃らに命じて編纂された勅撰楽誌『楽書要録』10巻は、735年に吉備真備によって日本に持ち帰られ、743年(天平15年5月5日)には、皇太子阿倍内親王(後の孝謙・称徳天皇)が
   父・聖武天皇の後見人である元正上皇の前で五節舞を奉納している。
66)これは日本の歴史上唯一の女性皇太子であった阿倍内親王が自ら礼楽の主導者すなわち次の王者であることを内外に明らかにする儀式であった。
67)このように中国の礼楽は周辺諸国でも“治情の具”として採用され、雅楽(中国)などの形でそれぞれの国の音楽に取り入れられることになった。
68)日本の雅楽も、この「正しい行いと正しい音楽は相応する」という儒教の礼楽思想(正しい音楽は平和を維持し、乱れた音楽は乱世を招き国が滅びるとされ、正しい音律や音楽の維持管理が皇帝の重要な任務の一つとされた)に基づくと言われる。

音楽の次は、韻文です。最初に誕生した文章は例外無く韻を踏んでおり、ですから散文ではなく詩でした。

→韻文と詩歌