神殿

Wikiで神殿を調べると、「神殿」ページがヒットします。Civではこれは宗教に属しますが、席亭の分類では0)心の範疇か、12)個人の集積(社会)でしょう。(笑)

1)神殿(しんでん。中:神廟、羅:templum)は、神をまつるための施設。あるいは宗教的な儀式や祈祷や生贄などの活動のための施設。
洗礼、結婚式なども行われます。
2)概略:
3)古代から建造されており、古代エジプトの宗教の神殿、古代ギリシアのパンテオン、古代ユダヤ教のエルサレム神殿などだけが神殿というわけではなく、現代のユダヤ教のシナゴーグ、キリスト教の教会堂、イスラームのモスク、神道の神社なども、
  たとえ日常的には「神殿」と呼ばれていない場合でも、学術的には神殿の一種である。また神をまつらない仏教寺院も神殿に含まれ、英語でもtempleと呼ぶ。
4)神殿の形状や機能は多様である。

5)呼称の歴史:
6)英語「Temple」の起源は古代ローマに遡る。そこはかつて司祭やアウグルなどが支配していた区域だったことが関係している。もともとは古代ローマの宗教(英語版)に関連して使われていた言葉である。
7)古代ローマの言語のラテン語ではtemplum(テンプルム)と言ったが、「tem」はもともと「切る」という意味だったので、「確保された、あるいは切り分けられた場所」という意味ともなり、一方で「ten」という綴りだと「広げる、伸ばす」という
  意味だったので、「temp」は「祭壇の前の、物の無い空間(あるいは 測られた空間)」という意味だと考えられる。
8)一方、北魏の時代(6世紀)に成立した中国の地理書『水経注』では、各地の祭祀施設の呼称として「神殿」「神祠」「神廟」「神處」「社」「寺(佛寺)」などが用いられている。
9)同書内では山岳・温泉・泉などの自然崇拝も祖神・祖霊や著名人に対する祭祀も神仙や仏に対するものも広く採録されている。
10)また「寺」と「祠」の混用や仏教寺と水源の祠が隣接する例も見られ、用語面からも、仏教信仰が在来信仰とは遊離していなかったことが窺われる。

11)最古の神殿:
12)ギョベクリ・テペは、1996年から発掘が開始され、年代測定が進み、紀元前1万年から紀元前8000年の間に狩猟・採集民によって建造された神殿だ、と2010年ころから論文で指摘されるようになっており、
   現在までに発見された最古の神殿である。従来の人類史の定説を覆す存在であり、考古学に大きな衝撃をもたらした。この神殿を建造した人々についてより詳しく知るために、世界から考古学者がこの地にやってきて
   周辺の遺跡の発掘が行われており、日本の考古学者も参加している。
ギョベクリ・テペはトルコに在ります。

13)メソポタミアにおける神殿:
14)メソポタミアの神殿は、いずれも古代メソポタミアの宗教(英語版)から派生し、できたものである。それは、大きく、シュメール、アッカド、アッシリア、バビロニア呼ばれる地域で建造された。
15)メソポタミアの神殿のもっとも一般的な構造は、ジッグラトと呼ばれる、神殿が立っている平坦な上部テラスを備えた階段ピラミッドの形をした、煉瓦を使ったものである。
このジッグラトはRPGに良く登場します。また、バベルの塔も有名です。

→塔

16)古代エジプトにおける神殿:→詳細は「エジプトの神殿(英語版)」を参照
17)古代エジプトの神殿は、神々が地上に住む場所とされていた。実際に、エジプト人が最も一般的に使用していた呼び方は「神の邸宅」という意味の用語だった。
18)神殿において人間と神の領域が結びつくと信じられ、神殿で行われる儀式により神が自然の中でその適切な役割を果たし続ける、と考えられた。従ってそれはマアト、つまりエジプトの宗教における自然と人間社会の理想的な秩序、
   を維持するために鍵になる部分であった。マアトを維持することがエジプトの宗教の全ての目的であった、従ってそれは神殿の目的でもあった。
19)古代エジプトの神殿はエジプトの社会にとって経済的な意義もあった。神殿は穀物が貯蔵し再配分を行う役割も持っていた。そして国の農耕地の大きな部分を所有するにいたった(新王朝期までには33%になったと推定する者もいる)。
神殿が穀物を貯蔵するのは、飢饉対策なのでしょうか?

20)古代ギリシア・ローマにおける神殿:→詳細は「古代ギリシアの神殿(英語版)」および「古代ローマの神殿」を参照
21)今日、我々は、古代ギリシアの宗教的建造物を「神殿」などと呼んでいるが、古代の異教徒は「Temenos(テメノス)」などと呼んでいた。また、付近の神聖な林は、犠牲がされた空の祭壇が含まれていたため、建物自体よりも重要だった。
22)殿内に崇拝対象の神の像を収めたその建物は、もともとはかなり単純な構造であったが、6世紀半ばまでに複雑になっていった。
23)ギリシアの神殿の建築様式は古代の建築様式の伝統に深い影響をも及ぼした。諸神殿の立地と場所を決定する儀式は、一人のアウグルにより、鳥たちの飛翔やその他の自然現象の観察を通じて執り行われた。
残念ながら神殿と、祭祀される神の対応が記述されていません。
24)アテナイのアクロポリス内のパルテノン神殿(ギリシア)、
   紀元前499年に建てられた、ドーリア式の古代ギリシア神殿(英語版)、ヘーパイストス神殿(ギリシャ、アテネ)。
   メゾン・カレ(Maison Carr〇(e+')e)。ローマ帝国の版図の中でも特に保存状態がよい古代の神殿のひとつである。

25)古代ローマのペイガニズムの神殿:→詳細は「ペイガニズムの神殿一覧(英語版)」を参照
26)ローマ人は、異教徒の信仰における崇拝の場を「fanum(ファンナム)」と呼んでいた。いくつかのケースでは、それは聖なる森、他の部分では、神殿のことに言及していた。かつて中世のラテンの作家らもそれらをあらわす単語として、
   「templum」という言葉を使っていた。場合によっては、それが神社や神殿、寺院かなどを判断するのは難しかった。
27) また、かつて、ゲルマン人におけるペイガニズムの宗教的建造物に関しては、古ノルド語の「hof(ホフ)」という言葉がしばしば使われていた。

28)ユダヤ教の神殿:
29)ユダヤ教においては、古代のヘブライ語の文献の中で、「神殿」ではなく、聖域や宮殿、館などに言及している。
30)エルサレム内の神殿の丘と呼ばれる地域は、第一神殿と第二神殿が建てられたところである。神殿の丘の頂上には、岩のドームと呼ばれる、イスラームにおける第三の聖地と呼ばれている建物がある。
31)ユダヤ教の宗教施設を意味する、シナゴーグというギリシア語の言葉は、ヘレニズム時代に使われていた、ユダヤ人(当時はサマリア人)の礼拝の場所を示す言葉に由来する。
32)その他にも、イディッシュ語の「Shul(シュール)」という言葉や、同じヘブライ語でも、言い方が異なる「Beit Knesset(ベット・クネセット)」という言葉もかつて頻繁に用いられていた。
33)18世紀ごろになると、西欧・中欧諸国のユダヤ人は、ユダヤ関係の宗教施設も含め、フランス経由で伝わった、「Temple」という言葉でそれらを意味するようになった。この言葉は改革派と深く結びついていた。
ユダヤ教やキリスト教のそれは、余り神殿とは呼べません。やはり(寺院ではなく)教会なのでしょう。

34)キリスト教の神殿
35)正教:
36)神殿を示す「Temple」という英単語は、しばしば、東方教会関係の建物を指すが、そのなかでも、もっぱら正教会の建物を指す。また、その英単語は、キリスト関係の建造物と、それ以外の宗教的建造物を区別するためにもできた。
テンプルは普通は寺院と訳されますが、席亭はキリスト教のそれとは知りませんでした。
37)ロシア語などのスラブ派の言語においては、「教会」を示す言葉は、「tserkov」である。この場合の「church(教会)」と「temple(寺院)」は交換可能であるが、churchという語の方が圧倒的に一般的である。
   templeという語もより大きなchurchが一般的に使われている。
38)正教における、神殿・聖堂と呼ばれるもので、有名なものを取り上げると、アヤソフィアや聖ワシリイ大聖堂などが挙げられる。

39)西方教会:
40)西方教会の祭壇の置かれた建物は日常的には教会堂、特定の形式のものはバシリカなどと呼ばれる。
公共や大学の建物、施設には講堂や公会堂が有りますが、これらは教会のそれの流用、派生なのでしょうか?
41)カトリック教会の教会堂には祭壇が置かれ、パンやワインを用いたミサが行われる。祭壇付近には十字架がかかげられていることが一般的であり、またカトリック教会ではイエス・キリストへの信仰に加え、
   聖母マリアがイエスとの関係をとりなしてくれると信じ重んじるマリア崇敬をしているので、教会堂のどこかに聖母マリア像が配置されていることが一般的であるということが、プロテスタント諸派の教会堂とは異なる特徴である。
   カトリック教会では司教座(司教が執務のために座る椅子)が置かれる特別な位置づけの教会堂を指すためには司教座聖堂や大聖堂などいう用語も使われている。
42)なお英語の「Temple」は、慣例上、西方教会関連の建造物に対してはめったに使われておらず、「Teampall」という言葉をおもに使っていた。
43) しかしながら、カトリック教会の建造物であっても、一部の特殊な形式の教会堂について「Temple」という言葉をあえて用いる場合もある。
44)例えば、スペインのサクラダ・ファミリアや、フランスのサクレ・クール寺院などがそうである。サクレ・クールはフランス人から見ると、普通のフランス的な教会堂や聖堂とは明らかに異質な、東洋的な建築様式なので
   「temple」と呼んでいるのである。
テンプルは正教、東方教会が起源でした。そして、テンプル騎士団は有名です。
45)日本語ではそれを反映して「寺院」と、すなわち仏教施設や東洋の宗教の施設を主に指すための用語を訳語としてあてており、教会堂や聖堂と呼ばれていない。
46)他にも、福音主義や他の教派の建造物は、教会組織の内部では、数えきれないほどの専門用語で呼ばれ細かく区別されているが、学術的に俯瞰するためにそれらをまとめて呼ぶ場合はやはりtempleという用語が使われる。
以下は省略します。

47)ゾロアスター教の神殿:→詳細は「拝火神殿」を参照
48)ゾロアスター教の神殿は、「darb-e mehr(ダーバー・エール)」や「Atashkadeh(アーテシュガーフ)」というような名称(いずれもペルシア語)でも呼ばれる。
49)ゾロアスター教の中心地である、ヤズド(イラン)内のゾロアスター教寺院
50)ゾロアスター教は、拝火教とも呼ばれており、ゾロアスター教における、火の寺院というものは、ゾロアスター教信者にとって、崇拝の場となっている。
51)特に、儀式などの際に、必ずと言っていいほど、火をつけるのが彼らの主な特徴であり、彼らにとって「火(Atar)」というものは、「水(Aban)」というものと同じくらい、儀式の純粋さを代理するものである。
世の中には地水火風や、水金火木土なる言葉も有ります。これらは世界を構成する要素です。
52)儀式の際に、「白い」灰は、基本とみなされている。

53)シーク教の神殿:→詳細は「グルドワラ(英語版)」を参照
54)シーク教の神殿は、グルドワラとも呼ばれており、それは文字通り、グルの出入り口という意味合いである。
55)最も重要な要素をなしているのは、シーク教の聖典グル・グラント・サーヒブの存在である。
56)グルドワラと呼ばれる建物は、普通、あらゆる側面から出入り口があり、何の区別もなく建物全体が開放されている。中に入ると、グル・グラント・サーヒブが好きに読め、また、いくらかの食べ物が配られる場所がある。
   また、グルドワラ内には、図書館や託児所、さらには教室まである。
この構成はかなり近代的です。彼らは既に、何が重要なのかを知っていたのでしょう。シーク教(シク教)は主にインドのパンジャーブ地方で信仰されていた様です。
57)そして、グルドワラの頂上には、シーク教のシンボルが描かれた旗がかかっており、遠くからでも、それがシーク教の神殿だということが判るようになっている。

58)ヒンドゥー教の神殿:→詳細は「ヒンドゥー教の寺院(英語版)」を参照、→「ヒンドゥー教寺院の一覧」も参照
59)ヒンドゥー教の寺院はAlayam、Mandir、Mandira、Ambalam、Gudi、Kavu、Koil、Kovil、D〇(e+')ul、Raul、Devasthana、Degul、Deva MandirayaおよびDevalayaなど、地域などによって違った名で知られている。
60)青銅器時代や後に続いたインダス文明のように、聖なる土地を経由して、進化していったという証拠が、残っている。
ですから地域に根付いた、歴史のある建物なのでしょう。
61)アンコール・ワット(カンボジア)は、世界で最も大きなヒンドゥー教の寺院。
   アークシャルダーム寺院(インド、ニューデリー)
   6世紀に建てられたシヴァ派の寺院である、コンスワラン寺院(英語版)(スリランカ、トリンコマリー)。

62)仏教の神殿:→詳細は「仏教の寺院」を参照、→「仏教寺院の一覧(英語版)」、「韓国の仏教寺院(英語版)」、および「中国の仏教建造物(英語版)」も参照
63)仏教の寺院は、地域によっては、パゴダ、ワット、ストゥーパなど、様々な名前で呼ばれている。
64)仏教の寺院はブッダの純粋な土地または純粋な環境を表している。伝統的な仏教寺院は内外の平和を刺激するように設計されている。

65)ジャイナ教の神殿:→詳細は「ジャイナ教の寺院(英語版)」を参照、→「ジャイナ教の寺院一覧(英語版)」も参照
66)ジャイナ教の寺院であるラナックプール寺院(英語版)(インド、ラージャスターン州)
67)ジャイナ教の寺院は、ジャイナ教徒においての崇拝の場(英語版)であり、デザインなどがかなり幅広い(例えば、北インドにあるジャイナ教寺院は、南・西インドのジャイナ教寺院とはかなりデザインが異なる)。

68)道教:
69)道教の寺院や神殿などは、中国語で「道〇(daoguan)(道の重孝の場の意)」と呼ばれている。
中国神殿の取扱いが小さいですが、中国では宗教の影響が元々小さかったのでしょうか?

70)神道:
71)神道の祭祀施設である神社は神殿に相当する。ただし英語では仏教の寺院(Buddhist temple)と区別するため「shrine」と呼んでいる

72)メソアメリカの神殿:
73)メソアメリカでは紀元前二千年紀の末に神殿文化が起こり、それから約2500年の間、外部世界の影響や干渉を受けることなく自力で発展し続けた。
   →「パレンケ§神殿」、および「階段ピラミッド§アメリカ大陸」も参照
ピラミッドの形としては良く知られるエジプトのそれよりも、こちらの方がプリミティブです。

74)その他:・エチオピアの古代都市イェーハ(英語版)に、紀元前700年ごろに建設された神殿が存在する。

75)関連項目:中国のパゴダ(英語版)、ドラヴィダ関連の建造物(英語版)、神の恵みの神殿(英語版)、崇拝の場(英語版)、中国の寺院(英語版)、バーハーイ教における崇拝の場(英語版)、孔子廟
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