東海道バーチャルトリップ

70)ヤマトタケルとオトタチバナヒメ説明板、日本武尊石像、大和タチバナ記念植樹碑と国偲歌歌碑、同駅周辺図/井田川駅:(駅で休憩後)、駅構内南側、徒歩123分

写真は手前から順に、同説明板、同石像、同碑、同歌碑、同図です。説明板の右側には説明文が、左側には系図が描かれています。説明文には、
ヤマトタケルは、『日本書紀』『古事記』に登場する伝説上の人物で、景行天皇の皇子オウスがその人である。天皇の命により九州や東国に赴き、天皇に従わない者と戦った。東国からの帰路、伊吹山(岐阜県)の荒ぶる神を倒すため山に入るが、
その怒りにふれ病となり下山する。故郷大和国(奈良県)へ向かう途中「ノボノ」(亀山市北東部周辺)で亡くなり、陵墓が造られた。ここから北西へ約2kmの地にある能褒野王塚古墳(亀山市田村町)がヤマトタケルの墓とされ、宮内庁が管理している。
ヤマトタケルの妃であるオトタチバナヒメは、共に東国へ赴く途中、三浦半島(神奈川県)から房総半島(千葉県)へ渡る海路(走水の海)で荒れ狂う海を鎮めるため、海中に身を投げたとされる。オトタチバナヒメの死を悼んだヤマトタケルは東国を離れる際に
「吾妻はや」(ああ、我が妻よ)と嘆いたことから、関東地方のことを「吾妻」と呼ぶようになったとされる。なお、このオトタチバナヒメについては、亀山の忍山神社の〇(ネ+巳)官オシヤマノスクネの娘であるとの伝承が当地に遺されている。

系図の方はJ垂仁天皇から始まり、オウスやM仲哀天皇、ワカタケルなどで終わっています。
またヤマトタチバナは日本に古くから野生しているミカンで、絶滅危惧種に指定されています。
歌碑には、やまとは、くにのまほろば、たたなづく、あおがき、やまごもれる、やまとしうるわし、と彫られています。ヤマトタケルが歌ったとされています。

71)同駅周辺図/同駅:歌碑の先、徒歩123分

同図はJR井田川駅を中心とした地図であり、旧東海道や峯城跡、日本武尊御墓、中の山パイロット、JR井田川駅、現在地、JR亀山駅、距離などが描かれています。

72)カラフルな旧東海道蓋:案内板の先、旧道に戻り先に進むと

四角い金属製の同蓋の左上には旧東海道の文字が、中央にはお城(〜多聞櫓)の絵が描かれています。

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