東海道バーチャルトリップ
73)亀山宿・江戸の道(旧東海道)案内板:旧道に戻り先に進むと、右手、徒歩127分、道路西側
駅を出て旧道に戻ると、左側に歩道が有ります。また右側には同案内板が建っています。
同案内板には亀山を中心とした周辺図の周囲に、事業概要と景行天皇皇子日本武尊能褒野御墓の説明文が配置されています。前者の説明文は、
亀山市は、江戸と京、大阪を結ぶ道路であった旧東海道が通り、城下町、宿場町として栄えてきた。このことから、市内井田川町から小野町にいたる約11キロの東海道に残存する亀山城跡、野村一里塚(国指定史跡)などの歴史遺産を組込み、
白壁、土塀、史跡案内板、休憩所、歴史広場などの整備を図り東海道としての情緒あるふるさと街道「江戸の道」として整備したものである、とあります。また後者の説明文には、
日本武尊は景行天皇の命をうけて、大和朝廷に従わない豪族を征伐するために、九州から東北まで転戦した。東国からの帰路に、伊吹山中にて病をえて能褒野におきてついに亡くなられ、埋葬した墓から尊の魂が白鳥となって大和へ飛び去った
と「古事記」「日本書紀」に記され、明治12年(1879)内務省によって現在の御墓が、日本武尊墓と定められ、現在も宮内庁によって管理されている。御墓は、かつて「丁子塚」と呼ばれた全長90mの前方後円墳で、北勢地方最大の古墳である。
御墓に隣接して、日本武尊、弟橘姫命、建貝児王を祀る能褒野神社と16基の後期古墳がある、とあります。
74)二宮尊徳像と旧井出川小学校跡石碑:案内板の先、同分、道路西側
手前に薪を背負って読書する尊徳像が、その先に同石碑が在ります。
75)国道1号線横断地点/川合町北:石碑の先、徒歩132分
川合町北交差点/国道1号線を、亀山市川合町歩道橋(歩道橋の右側の銘板は川合歩道橋)で渡ります。
交差点右手前、歩道橋の手前には、壊れかけの東海道道標/東海道歴史文化回廊が建っており、(亀山宿へは歩道橋を渡って下さい)のプレートが貼られています。
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