東海道バーチャルトリップ
7)問屋場跡立札:資料館の先、右手、徒歩9分、道路西側
立札の説明文には、問屋場は御伝馬所とも言い 街道の宿場にとって重要な役所であった。問屋二名 年寄四名書記(帳付)馬差(うまさし)各四・五名が半数ずつ交替で詰めた。主な任務は公用書状の継立(つぎたて) 往来者の要望に応じて
人足馬の割振り 助郷村村への人場の割当て賃銭 会計であった、とあります。
8)庄野宿本陣跡石碑と距津市元標九里拾九町道標/庄野町集会所:立札の先、交差点右手前、右手、徒歩10分、道路西側
庄野町集会所前に二本の石碑が建っています。此処は先のいっぷく処の会場でも有ります。手前が本陣跡石碑で、奥が距津市元標です。
本陣跡の右側面には、昭和五十五年二月、鈴鹿市教育委員会、平成元年三月再建、とあります。また元標の右側面には、石薬師へ壹里壹町、亀山へ貳里参町、庄野村、とあります。
9)高札場跡立札/交差点:交差点右奥、同分、道路西側
屋根と胴が赤い立札です。この立札は新成されていますが、説明文は前回と同様です。立札の説明文には、
高札場は法度(はっと)掟書(おきてがき)などを書いた「高札」を掲示した場所で各村の庄屋宅前とか人通りの多い辻など村や宿場ごとに一ケ所設けられていた。庶民に法令などの趣旨を徹底させるためであった。
庄野宿資料館には人馬賃銭の規定、人倫の奨励 その他禁制など実物五枚が展示されている、とあります。
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