東海道バーチャルトリップ

1)冠木門:左手、道路南側

冠木門が置かれている敷地は三角形をしています。また冠木門の奥には、岡崎城下二十七曲り案内石板が有ります。前回来た時冠木門は、黄金に輝いていました。

2)岡崎城下二十七曲り案内石板/冠木門:同分

図示されている旧道は必ずしも現在の道路には沿っていません。戦後の復興計画で改変された部分も有ります。反射率の高い黒い石板には、旧道右手の景色が写り込んでいます。
石板の上部には説明文が、その下には案内図が示されており、岡崎二十七曲がりの概要が示されています。これを頭に入れて置けば、道に迷う事も無いでしょう。説明文には、
岡崎城下を通る東海道は、その曲折の多さで知られ、通称二十七曲りと呼ばれていました。享和元年(一八〇一)当地を見聞した太田南畝も「町数五十四町、二十七曲ありとぞ」と、「改元紀行」に書いています。
二十七曲りは、田中吉政が城主だった時(一五九〇−一六〇〇)城下に東海道を導き入れたことに始まり、のち本田康重が伝馬町を慶長一四年(一六〇九)創設して以後、道筋がほぼ決定したと思われます。
そのねらいは城内を防衛するためのものと言われますが、これにより岡崎の城下町は東海道筋の宿場町としても繁栄することになりました。二十七曲りの一部は、戦災復興の道路整備などにより失われはしたものの、
現在でもその跡をたどることは可能です。この歴史の道とも言うべき二十七曲りを後世に伝えるために、城下二十七曲りの東口であった当所に記念碑を建て、道標とします。贈岡崎中央ライオンズクラブ、とあります。

3)右折地点:冠木門の先、右手、徒歩1分、道路北側

旧道は此処で右に折れます。

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