東海道バーチャルトリップ

55)万葉歌碑:年魚市潟勝景石碑の左側

勝景石碑の左側に万葉歌碑が置かれています。石板に刻まれた文字は、万葉集巻七羈旅の歌、年魚市潟潮干にけらし知多の浦に朝漕ぐ舟も沖に寄る見ゆ、昭和・・・(以下読めず)、とあります。
作者は不明で歌の意は、年魚市潟も潮が引いているのであろう、知多の浦に朝漕ぐ舟も沖に寄っているのがみえる、だそうです。

56)熊野三社:寺を罷り旧道に戻ると、右手、徒歩272分、道路東側

石鳥居左手には村社式外熊野三社社碑、右手には例の東海道宿駅制度制定四百年記念碑が有ります。碑の右側には説明文、左側には周辺図が描かれており、説明文には、古来、呼続一帯は四方を川と海に囲まれた、巨松の生い茂る陸の浮島として、
「松巨嶋」(まつこじま)と呼ばれ、尾張の名所であった。ここは東海道が南北に通り、これに鎌倉街道が交差している。西側の磯浜は「あゆち潟」と呼ばれ、これが「愛知」の地名の紀源になったと言われている。芭蕉は「寝覚めの里よびつぎ」と書き記し、
この地に足跡を残している。また、山崎の長坂(今より急坂であった)に接する山崎の立場は、宮の宿より渡し舟の出港を呼びついだことから「よびつぎ」の名があるとも言われている。平成十三年吉日、名古屋市・呼続学区、とあります。

鳥居を潜ると献燈一対、その先にはポール一対と永代常夜燈一対、その先は注連縄と榊が飾られた石鳥居です。

57)石鳥居と小社/熊野三社:寺を罷り旧道に戻ると、右手、徒歩272分、道路東側

石鳥居には注連縄と榊が飾られており、注連縄には細めの房が三本ぶら下がっています。鳥居の右側には小社があり、此処にも注連縄が飾られています。
鳥居を潜ると右手に保存樹イチョウがあり、その先参道は左に曲がります。

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