東海道バーチャルトリップ

4)伝馬街園/二叉:ガードの先、道路の叉に、徒歩4分、道路北側

道路の叉には公園があり、旧道右手に水と緑と歴史のまち宮地区案内板高札が建っています。どうやら此処が伝馬(町)一里塚(89番目)の様です。

5)水と緑と歴史のまち宮地区案内板高札/街園:旧道側

案内板の左側は宮地区の歴史で、右側は宮地区の歴史的遺産分布図となっています。宮地区の歴史は説明文と4枚の絵からなり、絵は上から順に宮の湊の浮世絵、海路七里(航路/地図)、七里の渡し(写真)、宮の渡し公園(写真)です。
説明文には、熱田社の門前町である宮地区は、佐屋・美濃・木曽の諸街道への重要な分岐点となっていたことから、経済情報・文化の中心都市的役割を担い、東海道五十三次41番目の宿場町「宮宿」として古くから栄えたところでした。また、
東海道五十三次のうち唯一海上路で桑名までの距離が七里だったため「七里の渡し」と呼ばれ熱田社の門前町であることから「宮の渡し」とも呼ばれていました。江戸時代には参勤交代で通行する諸大名の宿泊施設が建ち並び、お伊勢参り
の流行によって、さらに人の往来が活発になり東海道一のにぎわいを見せていました、とあります。佐屋(さや)街道は宮宿と桑名宿の間を陸路を経て、佐屋から桑名宿への水路三里の渡しによって結んでいた街道、とあります。

また宮地区の歴史的遺産分布図には、赤本陣跡、宝勝院、西浜御殿跡、丹羽家、熱田荘、七里の渡し跡、熱田常夜燈、シーボルト見送りの地、ほうろく地蔵、東海道道標、鈴木そろばん博物館、徳川家康幽居の地、都々逸発祥の地、裁断橋、姥堂、
伝馬町一里塚、神明社、などが案内されています。

6)姥堂と裁断橋:街園からすぐ、左手、徒歩6分、道路南側

後ろの建物には姥堂の額が飾られています。裁断橋は、姥堂のすぐ東に在った精進川(今は暗渠)に掛かっていた橋です。
建物の前には江戸方(東側)から順に、裁断橋跡立札、地蔵、裁断橋址石碑、旧裁断橋桁石と同立札、栽断橋石柵、太鼓橋のモニュメント、姥堂石柵、石灯籠、都々逸発祥之地石碑、姥堂裁断橋説明板が有ります。
また左側歩道の車道側には、二つのあずき色東海道道標も建っています。そしてその間には、熱田宮まち、観光ルートと記された青と緑、白のタイルから成る道標も貼られています。

→次の頁