東海道バーチャルトリップ

19)直進地点/春日神社参道:モニュメントの先

旧道は此処を直進しますが、ガイドは春日神社に立寄る為此処を右折します。

20)銅鳥居としるべいし、「春日神社の銅鳥居、しるべいし」立札/春日神社:右折すると、正面、徒歩20分、道路西奥

青銅製の大鳥居の左前に立札と、鉄枠で補強されたしるべいしが有ります。立札の同鳥居説明文には、三重県指定有形文化財 昭和四十年十二月九日指定、この鳥居は寛文七年(一六六七)に七代桑名藩主松平定重によって建てられました。
この鳥居の前には、初代藩主本多忠勝が慶長七年(一六〇二)に寄進した鳥居(木造)がありましたが、承応二年(一六五三)に大風で倒壊したと言われています。治工 辻内善右衛門種次(鋳物師)、寸法 高さ六m九〇cm・笠木長さ八m一〇cm・
柱回り五七・五cm、銘文(表)華表巍巍 惟直惟圓 神威可畏 保定萬年、銘文(裏)寛文第七祀秋八月穀旦、またしるべいしの説明文には、「しるべいし」は「迷い児石」とも言われ、人の大勢集まる所に立てられました。
同じものが多度大社の鳥居の横にもあります。自分の子どもが迷子になると、左側面「たづぬるかた」に子どもの特徴や服装などを書いた紙を貼って、心当りのある人が右側面の「おしゆるかた」へ子どもが居た場所などを書いて貼ります。
平成二十三年三月 桑名市教育委員会、とあります。この様な教導石は、府中宿/静岡市にも有りました。

解体された?山月の前には以前字が読めない歌碑が建っていて、「勢州桑名に過ぎたるものは銅の鳥居に二朱の女郎」と彫られていました。(笑)

21)楼門/春日神社:鳥居の先、道路西奥

門の上方には、第六十三回神宮式年遷宮御樋代木奉迎送行事、とあります。その下には多くの提灯がぶら下がり、門には大三の幔幕。左右の傘には桑名宗社の提灯がぶら下がります。この雅な大きな門は、楼門と呼ぶそうです。
門の左手前の社碑には、桑名総鎮守桑名宗社とあります。写真では見えませんが前回来た時には、楼門には桑名宗社の額が飾られていました。
御樋代木奉迎送行事とは神宮の式年遷宮の一行事で、長野県(木曽)と岐阜県(裏木曽)で伐採されて、桑名の地で合流する行事です。伊勢国の入口である桑名の奉祝行事は最大規模だそうです。

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