東海道バーチャルトリップ
67)本願寺説明板(旧):参道左手
ガイドは今回、同説明板の写真を撮忘れてしまいました。ですから、写真は前回訪問時のそれです。説明板の説明文には、当社の由来は不詳ですが、江戸時代は本願寺村があり、古くからの古刹であったと思われます。境内に俳聖松尾芭蕉の門人である
各務支考(俳号東華坊など)の分骨供養塔である「梅花仏鏡塔」があります。支考は蕉門十哲の一人で美濃派の創始者であり、美濃国だけに限らず近国に多数の門弟を抱えていましたが、支考が享保十六年(一七三一)美濃国で亡くなると、桑名の美濃派
俳階(俳諧?)の指導的立場にあった雲裡坊杉夫は支考の墓に参詣しやすいよう分骨を受けこの地に鏡塔を建立しました。他に松尾芭蕉の「今日斗り人も年よれ初時雨」や雲裡坊から続く桑名の俳句結社「間遠社」の歴代社長句碑十墓があります、とあります。
68)梅花佛鏡塔:説明板の先、参道左手
写真では見え難いですが、墓地の右奥の丸い石(鏡)の中に、確かに「梅花佛」と彫られています。(写真〜草木の左側)墓地の右手前には説明石板も建っていますが、草生していて読めません。
69)小社と二つの石碑:塔の向い、参道右手
説明板の向い、参道右側には青い屋根(〜銅葺)をした小社と、その先右手に二つの石碑が在ります。最初の石碑は善光寺一體分身如来石碑で、次の石碑は頭の左側が欠けている様です。彫は、・・・三〇(由+家の下側)萬、とあります。
三界萬霊塔でしょうか?
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