東海道バーチャルトリップ
46)旧道の風景:右折すると、徒歩61分
此処からは寺社ロードです。
47)浄土真宗本願寺派教宗寺:右折の先、右手、徒歩63分、道路西側
石柱門の右側に、浄土真宗本願寺派教宗寺と書かれた札が貼られています。お寺は町家の様なので、入るのは憚れました。
48)泡洲崎(あわすざき)八幡社:寺の先、右手、徒歩68分、道路西側
茶色いアルミ製の傘の右手前には泡洲崎八幡社の由来高札、傘を潜る参道の先には太い注連縄、榊が付いた石鳥居。鳥居の右の柱には奉の文字、左の柱には納の文字も彫られています。鳥居の注連縄は太く、三本の房が付いた大社風のそれです。
鳥居の左側には古めの石柱、左の文字だけが読めます。鳥居を潜ると、参道右手には大きな石碑、泡洲崎八幡社、舊蹟、とあります。参道の正面は拝殿です。
由来高札には、御祭神誉田別命(ほむたわけのみこと)、相殿天照大神、相殿天児屋根命(あめのこやめのみこと)、江戸時代以前、桑名の町中は町屋川の流れにより自凝洲崎、加良洲崎、泡洲崎の三洲に分かれており、この付近一帯を泡洲崎と称し當社は、
往古より泡洲崎一洲の鎮守であった。慶長年中(一五九六〜一六一四年)町割の時旧地今の一色町より光徳寺門内北側に鎮守され郷司出雲守が神主として奉仕されていた。明治四十一年に合祀令が下り桑名宗社に合祀されていたが、
昭和二十五年十月十日、新町産土神として現在地に分祀遷御された。境内に天保十三年(一八四二年)新町北端に建立されていた導石「右きゃういせみち」「左ふなばみち」がある。奉日歳旦祭一月第二日曜、例大祭十月第二日曜當社、とあります。
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