東海道バーチャルトリップ
1)山田屋本陣<三番本陣>跡:右手、道路北側
建物の右手前には山田屋本陣(三番本陣)跡立札があり、左方の壁には絵が描かれています。この立札には金谷宿の歴史が記されています。
当初金谷宿の本陣は柏屋本陣(一番本陣)と佐塚本陣(二番本陣)でした。ところが柏屋に落度が有った為、脇本陣であった山田屋が昇格しました。
また宿は火災や地震等で、機能不全に陥る事が有りました。此処は昔は本屋でしたが、今回来てみると、売物件の看板が建っていました。
2)佐塚屋本陣<本町・佐塚佐次右衛門>(新):山田屋本陣の先、右手、道路北側
佐塚書店の左手前に同立札が有ります。新成された様です。立札には、寛永十二年(一六三五)参勤交代制度、当初より金谷宿本陣、本陣正門は鯱の御門と呼ばれた、明治天皇御小休、明治三年に本陣廃止、とあります。
3)柏屋本陣<一番本陣>跡:佐塚屋本陣の先、右手、道路北側
島田市金谷南地区交流センター、島田市商工会の手前に在ります。右側歩道の右側には柏屋本陣<一番本陣>跡説明版があり、その後ろには石垣が有ります。
石垣の上には手間から順に木製灯篭、低木、遠州金谷宿柏屋本陣跡と記された大きな木板、低木*2、松の木*2が在ります。
説明版には川村八郎左衛門を名乗り、金谷六人衆と呼ばれた名家、尾張徳川家、紀伊徳川家定宿、嘉永七年(一八五四)に本陣廃業、とあります。
金谷宿の大きな災害には寛政三年(一七九一)の竹下屋火事(大火)、嘉永七年(一八五四)の東海大地震などが有りました。
また遠州とは遠江(とおとうみ)国の事で、静岡県の大井川以西を指します。森の石松で有名です。明治の合併時(〜駿河、伊豆)には不満が残った様です。
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