東海道バーチャルトリップ
49)左東海道、右郡役所、道標/十字路:道標の先、交差点右奥、徒歩67分、道路北側
十字路交差点の右奥にも道標が在ります。明治11年(1878)7月に郡区町村編成法が公布されると、鈴鹿郡の郡役所は亀山町に置かれました。やはりお城近く(〜今の亀山市役所辺り)なのでしょうか?
また以前来た時よりも、駅前が(移転、立退、再開発によって)かなり綺麗に成っていました。また、道路も整備されていました。
50)飯沼慾斎生家跡ポスト:道標の先、左手、同分、道路南側
このポストも更新されています。ポストの右側面には説明文が記載されており、
飯沼慾斎(一七八三〜一八六五)は、西町西村家に生まれる。十二歳で美濃大垣に移り飯沼家を継いだ。わが国植物学の基礎を拓くなど、近代科学草創期の代表的な自然科学者である。平成十五年十月建之、亀山市教育委員会、とあります。
彼は江戸時代の本草学者/医者です。
51)旧舘屋住宅(枡屋):ポストの先、左手、徒歩71分、道路南側
旧道左手に縦格子が綺麗な家があり、旧舘屋住宅(枡屋)看板と東海道亀山宿西町ますや跡木板が貼られています。看板にはご丁寧にも、
開館日時のご案内、開館日◆土曜日・日曜日・祝日(12月29日〜1月3日を除く)、開館時間◆午前9時から午後4時30分まで、入館料◆無料、とあります。経営は公官庁なのでしょうか?
此処でガイドは、「西町問屋場跡を見落としていた事」に気付きます。→タイムロス
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