東海道バーチャルトリップ
1)露心庵跡立札:立札の先、右手、道路北側
旧道右手に、露心庵跡立札が建っています。説明文には、
天正十二年(一五八四)神戸正武が亀山城を急襲したが、城を守る関万鉄斎はわずか十三騎でこれを撃退した。この合戦の戦死者を城下東端に二つの塚を築き葬ったという。関氏一門の露心はその近隣に仏庵を建立し戦死者を供養した。
この仏庵が露心庵で、本来の名称は友松庵というが、建立した露心の名から露心庵と呼ばれていた。明治に至り廃寺となった。この庵から西が亀山宿となる。平成十五年十月、亀山市教育委員会、とあります。
2)東海道亀山宿、茶屋町、こめや跡木板:立札の先、左手、道路南側
旧道左手、入口の扉に、掠れた同木板が掲げられています。
3)東海道亀山宿、茶屋町、よへえ家跡木板:木板の先、左手、道路南側
左手支柱に、同木板が貼られています。
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