人類の住居
Civではこの「住居」に関しては触れられていません。地図上には都市の場所が示されるだけです。この住居は複数人で住まうでしょうから、明らかに12)個人の集積(社会)に関係しています。
さて、人類の住居として最初に挙げられるのは、「洞窟」です。勿論他にも有る(〜鳥の巣状のそれ)でしょうが、遺跡としては残らないのでしょう。
Wikiで「洞窟壁画」ページを調べてみると、
1)壁画は4万年前の後期旧石器時代より製作されている。
とあります。またニッポン放送のNEWSLINEページには、
2)世界最古のものはなんと16万4千年も前!南アフリカ沿岸
とあります。そして洞窟を住居としていたのは、何もホモ・サピエンスだけとは限りません。旧人である、ネアンデルタール人なども使用していたのです。(笑)
では、洞窟以外の住居とは何でしょうか?
それを調べる為に席亭が「職業の専門化」ページの所で調べた各文明の、「建築、住居に関係する部分」を抜出して見る事にします。
1)日干しレンガによる高い城壁で他都市からの防御をおこなっていた。
メソポタミアには資源が非常に少なかった為、日干しレンガを作成して使用していたのです。
2)また都市の中心には神殿が建設され、基本的に移転することはなく都市の建設から消滅まで同じ位置に存在していた。
3)神殿は基壇上に建てられており、その都市のランドマークとして機能していた。さらにウル第三王朝期に入ると、基壇は多層化して巨大化し、上に神殿を載せたジッグラトと呼ばれる聖塔となった。
また長江文明では、
4)稲作を行っていた事からその住居は高床建築であった。
この高床建築は日本にも存在しています。(〜倉庫)
またメソアメリアでは、
5)下記のように壮麗な神殿ピラミッドなどを現在も残すメソアメリカ文明が繁栄した地域であるメソアメリカは、定住農村村落の成立(紀元前2000年以後)・・・などが興亡した。
6)さらに世界最古の免震装置であるシクラが発見されている。
エジプト文明では、
7)このことを示すのが、紀元前2650年頃に第3王朝第2代の王であるジョセル王が建設した階段ピラミッドである。
8)この後、エジプト第5王朝に入ると経済は引き続き繁栄していたものの、ピラミッドの意味が変質してクフ王時代のような巨大な石造りのものを建てられることはなくなり、材料も日干しレンガを使用したことで耐久性の低いものとなった。
そしてインダス文明では、
9)城塞とは周塞に囲まれている集落で、大沐浴場や火の祭壇、さらに「穀物倉」「列柱の間」「学問所」と呼ばれる大型で特殊な構造の建物が一般家屋とは別に建ち並んでいる。
10)「穀物倉」と呼ばれる建物は湿気のある場所に近く、穀物の形跡も発見されていないため、現在では他の用途に使われたと考えられている。
11)インダス文明では、他の古代文明とは異なり王宮や神殿のような建物は存在しない。戦の痕跡や王のような強い権力者のいた痕跡が見つかっていない。
12)周塞の目的としては、何らかの防衛や洪水対策の他に、壁と門を設けて人・物資の出入りを管理する事も考えられる。モヘンジョダロでは市街地の周塞が発見されていない。
13)信仰や儀礼のあり方が地方によって異なる面がある。モヘンジョダロ、ドーラビーラやロータルの城塞には、しばしば、「大浴場」と呼ばれるプール状の施設、水にかかわる施設があり、豊饒と再生を祈念する儀礼が行われた沐浴場
と考えられている。
14)排水溝設備の整った碁盤目状に街路が走る計画都市であって、ダストシュートや一種の水洗トイレなどが設けられた清潔な都市だったのではないかと推定されている。
15)都市計画で知られるように建築技術に優れており、建築物には縦:横:厚みの比が4:2;1で統一された焼成煉瓦が広く使われている。
ですから石工よりもレンガの方が、歴史は古い様です。他のページでも、メソポタミアのレンガや練土が挙げられていました。此処で建築に戻ります。
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