土器

Civの太古技術には「陶器」が有ります。Civとしては、土器技術の方が農業(農耕)よりも古い、という認識なのでしょう。そしてこの「土器」技術は、4)飲水と飲食、排便に関する技術です。
Wikiで土器を調べると、「土器」ページがヒットします。このページは長大なので、恐らくは専門家の手によるものなのでしょう。皆様には必要な文章のみを選択して、ご紹介します。

1)土器は、粘土に水を加え、こねて練り固めることによって成形し、焼き固めることで仕上げた容器である。
2)土器は、一般に胎土が露出した状態の、いわゆる「素焼き」の状態の器であって、陶器、磁器ないしb器(せっき)に対する呼び名である。
3)登り窯のような特別な施設を必要とせず、通常は野焼きで焼成される。
焼成温度を高くしようとした場合には、登り窯などの特別な窯が必要と成ります。

4)釉薬(うわぐすり)をかけて作る磁器のように器面がガラス化(磁化)していないため、粘土の不透明な状態がそのまま残り、多孔質で吸水性がある。
釉薬はゆうやくとも読みます。
5)焼成温度は1000℃未満のものが多く、特に600−900℃くらいで焼かれることが多い。
6)粘土に水を加えて均質に仕上げた素地(きじ)は可塑性に富むことから、様々に造形され、その器形や文様には民族的・時代的特徴が濃厚に遺り、考古学・歴史学の重要な資料となる。
7)ことに文字出現以前の先史時代にあっては、土器様式の変遷によって時代区分の編年作業が行われている。
8)日本において、縄文土器や弥生土器などは考古学の研究対象のほか、国宝を含む文化財や美術品として保護・収集の対象となる。
9)なお、土器は現在でも世界各地で実用民具や土産物として製造されており、日本でも素焼き(テラコッタ)の植木鉢といった園芸用品などのほか、調理器具や飲食器として利用されている。
レンガも赤い色をしています。(笑)

10)土器誕生の人類史的意義:
11)土器の出現は、オーストラリア生まれのイギリスの考古学者ヴィア・ゴードン・チャイルドによれば「人類が物質の化学的変化を応用した最初のできごと」であり、物理的に石材を打ち欠いて作った石器とは異なる
   人類史的意義を有している。
12)土器は、粘土製でありながら、加熱することで、水に溶けない容器として作り出された道具なのである。
13)別の味方をすれば、石器は「引き算型」の造型であるのに対し、土器製作は試行錯誤しながらの加除修正が自由にできる「足し算型」の造型であり、作り手は自らの理想的な形により近づけることができるようになったともいえる。

14)土器発祥の地:
15)1947年から1952年にかけて行われたチェコ(当時はチェコスロバキア)のモラビア地方南部のドルニー・ヴェストニツェの発掘調査では、後期旧石器時代のオーリニャック文化の遺跡から、動物の姿をかたどった素焼きの土製品や
   女人像などが発見されており、粘土を素焼きすると硬質で水に溶けない物質が作られることを、既に紀元前2万8000年(約3万年前)の人類の一部は知っていたことが明らかになった。
この土器製造プロセスの発見は、泥水が干からびたり、火の使用によって地面が硬化する事などから、その発見は比較的容易であると思われます。
16)また、2012年、北京大学(中華人民共和国)や米国などの研究チームが「世界最古の土器」が出土したと発表したとの報道がなされた。報道によれば、場所は江西省の洞窟であり、土器は、焦げ跡とみられる炭化物の付着からみて
   調理のために使用されたものと推定されている。

17)土器の発明が、いつ、どこでおこなわれたのかについての詳細は依然不明であり、それが継続的に行われるようになった年代と地域についても同様であって、今後の資料の増加とデータの蓄積を待つほかないが、少なくとも土器の
   発明地が一地方に限られず、何か所かに及ぶことは確実である。かつては、最初の土器は中東地域で発生して各地に伝播したという一元説が有力であったが、今日では多元説の方が有力になっている。
18)小林達雄は、土器の発明地は大きく分けて地球上に少なくとも3か所あったと述べている。一つは、日本列島を含む東アジアの地であり、もう一つはメソポタミアを中心とする西アジア地域、そして、アメリカ大陸である。
19)それぞれの間に直接的な関係は認めがたく、相互に独立して個別に土器の発明がなされたと考えられる。
20)また、上述したドルニー・ヴェストニツェの調査例を重視する見地からは、ヨーロッパでは後期旧石器時代に既に土器も作られていたのではないかとの疑問も提起されている。

21)土器の発明には、焚き火の際に粘土をそのなかに投げ込んだり、粘土面にできた水たまりに焼石を投げ込んだところ、投げ込み過ぎて見ずが全て蒸発し、粘土が硬化したなどという偶発的な出来事が関与したものと考えられ、
   その意味では地球上のどこで土器が発明されてもおかしくはないわけである。
昔の料理には、「焼石を投込んでスープを沸騰させる」という手法も有りました。しかし偶発的とは、余りにも人類を軽んじた発言です。(世紀の)発明をする様な人には元々、充分な観察眼が有るのです。(笑)

22)容器模倣説と製作工程類似説:
23)人類が、しばしば木の実の殻や貝殻などの自然物をそのまま容器として用いたであろうことは、人類の誕生まで遡るものと推定される。
ですから食器の発明は、テクノロジーツリーには含まれない訳です。(笑)
24)土器は、容器のなかでは樹皮、木、皮革、石、籠などに遅れて登場したため、各地の最初の土器は、これら別種の器の形をモデルとして、それを模倣して作られたと考えられるものが多い。
25)先史時代の土器に、籠型のものや貝殻、木の実のかたちを真似た土器が多いのは、土器出現以前に既にそのような容器があり、あるいは土器出現後もこれらが併用されていたため、その形や意匠が取り入れられたものと
   考えられる。
26)ただし、皮革や樹皮、木、籠、ヒョウタンなどは土器や石製品にくらべて長い年月のあいだに土中で分解してしまいやすく、今日まで遺存しにくいものであって、その全体像をつかむことは不可能である。
27)現存する容器として古いものとしては、フランスのシャラント県のプラカール遺跡のマドレーヌ文化期(後期旧石器時代末葉)の堆積層から出土した人間の頭蓋骨の頭部を鋭利なフリント製の石器で切断した鉢形の容器(ドクロ椀)や、
   ムートの洞窟から出土した石製の火皿(ランプ)がある。
席亭も、ドクロ椀は想定していました。何かのマンガで見たのでしょうか?(笑)

28)籠の内側に粘土を塗り、これを焼いてつくった籠形土器は日本列島でも何点か出土しており、ネイティブ・アメリカンの断崖住居の遺跡からは編物に粘土を塗っただけで焼成していない土器が出土している。
29)また、19世紀以降、ネイティブ・アメリカンの民俗例として、ミシシッピ文化の末裔にあたる種族が、縄や柳の枝で編んだ籠の内側に粘土を塗って乾燥したら粘土を焼いて土器を作るという事例、プエブロ族における、壺形の編籠を
   つくる過程と壺形土器の製作過程が完全に一致しているという事例などが人類学分野から報告されており、土器の編籠由来説を支持している。
大きなものや、同じ物を沢山作ろうとした場合に、その雛形を用意するのは普通の考え方、アイデアでしょう。

30)こうした容器模倣説とは別に、パンづくりと土器づきるとを関連づけ、両者の製作工程の相似性から説く説もある。
確かに粘土〜=粉物ですが、パン食は世界全体では主流では有りませんし、それに粘土紐はうどんの方に似てますよね?(笑)
31)イスラエルの考古学者ルース・アミランはこの説を提唱し、かつて最初の農耕文明発祥の地である西アジアが一元的な土器発祥の地でもあるとみなされていた時期にはおおいに説得力をもっていた。
32)土器発生の多元説が有力となっている今日では説得力を失いつつあるが、材料に適量の水を加え、こねて、寝かせて成形し、再び寝かせて乾燥させ、最終的に焼き上げて、素材とは質感の全く異なるものをつくるという作業の
   流れは土器製造とパン製造とは実によく類似しているのである。
33)パンに限らず、粉食の定着している文化において、粉を焼いて食べものをつくる際に偶然近くにあった粘土も焼け、それをヒントに土器の製造が発案されたという可能性も、地域によっては充分に検討に値する。
細かい粉を作る、フルイの存在も大きそうです。(笑)

34)土器の性質と製法
35)土器の理化学的性質:
36)土器の原料となる粘土は、「含水はん土ケイ酸塩鉱物」の総称であり、これは主として長石が分解されてできたものである。
長石は岩石の、普遍的な成分です。
37)粘土のなかには、いわば機械的に含まれている湿分と、内部で化学的に結合している構造水とがあり、湿分は乾燥させると蒸発して抜けていくが、加水するとまた戻ってくる。これが可塑性のもととなる。
38)それに対し、構造水は450℃の熱を加えると外部に放散してしまい、650℃では完全に失われてしまうので、その後いくら水分を加えても可塑性は戻らない。
39)粘土分に含まれるケイ酸塩(主にカオリナイト、つまりアルミニウムのケイ酸塩)を加熱すれば、不可逆的に水酸基が還元されて構造水が奪われて立体構造が変化するのである。

40)一方、石英を573℃まで加熱すると結晶構造が変化することで体積が膨張し、冷却によって収縮する性質を持っている。
41)土器とは、加熱によって強度を増すことを目的とした、主としてこの2つの物理化学的変化を応用した焼成物であるといえる。
42)乾燥させた粘土を加熱すると、残った水分が蒸発した後、カオリナイトが還元され、573℃で石英の結晶が変形して全体が膨張する。
43)さらに、カオリナイト以外のケイ酸塩の還元が進んだ後、冷却することで石英の収縮によって全体がしまって、強度が高められて、焼結が完了する。
44)土器は焼成温度が低く、石英のガラス化が始まる前に冷却してしまうので、空気や水分の抜け穴や微細な隙間が数多く残った、比較的多孔質な器物であるといえる。
45)したがって製作にあたっては、その多孔質の性質を低減させて緻密化するための努力がはらわれることが多い。
46)土鍋や湯のみの使いはじめにおかゆを煮たり、入れたりするのは、水漏れ防止のために、これらの穴やすきまをデンプンの粒子で塞ぎ、多孔質の欠点を補う作業に相当する。
席亭も見ましたが、スッポン鍋の前処理はキョウレツです。また席亭用の炊飯器の外側には、ツルツルした黒い塗装が施されています。(笑)

47)ロクロを使わない成形:
48)土器出現期にはロクロは使われておらず、
   1.手づくね−粘土の塊の中央に指でくぼみをつくり、徐々に周囲の壁を薄くして器の形に仕上げる方法。
   2.輪積み−粘土紐、あるいはそれを平にした粘土帯を環状に積み上げる方法。
   3.巻上げ−粘土紐、粘土帯を螺旋状(コイル状)に積み上げる方法。
   4.型押し(型起こし、型作り)−既成の土器の下半分や籠ないし専用の型をあらかじめ用意し、その内側に粘土を押し付けて器のかたちを作る方法
   があり、ほかに、小さな粘土板をつなぎ合わせるパッチワーク法がある。縄文土器最古の一群にはパッチワーク法でつくられたものがある。

49)土器の施文と彩色:
50)土器の装飾は、土器がまだ軟らかい段階、生乾きの段階、よく乾燥した段階、焼成後など各段階で行われる。
51)土器装飾の手法は、器表を各種の工具で、線を引いたり、削ったり、くぼめたりする沈文、粘土紐や粘土粒を貼り付ける浮文、色を加えた彩文(彩色)(塗彩、彩文、描画)、その他(象嵌など)に大きく区別される。
これらの装飾のない土器は無文土器というが、そのなかには、成形の後、生乾きの間に器面全体をヘラで磨いたものがあり、これを磨研土器(まけんどき)といい、通常の無文土器とは区別する。

52)縄文は、撚りをかけた紐(縄)を用いてつけた縄目文様であり、縄自体を土器面に回転させる手法(回転縄文)が最も普遍的であるが、その場合、文様としては斜行縄文となる。

53)用途に関しては、日用と非日用に大別され、日用品は、煮沸用(煮炊き用)、貯蔵用、供献用(盛付け用)、食事用、運搬用などがある。
54)非日用品としては、祭儀用として祭礼儀式や神霊への供献の場面で、墓用として墓への副葬品として、また埋葬用の棺として用いられる。

55)人類史的には、煮沸用土器が生まれたことで、生水ではなく煮沸した水を飲料に供給できたことは、中毒症の罹患や感染症の蔓延を防ぎ、人びとの定住化をおおいに促進させたものと考えられる。
しかしながら、煮炊きには燃料、薪も必要です。アフリカ等では、これに難儀するのです。

土器に関してはこの程度で良いでしょう。土器、陶器、磁器の違いや、各地域における土器の差異については、必要に応じて後述します。ここで一旦、採集ページに戻ります。

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