ビーズ
Civではこのビーズに関しては、語られていません。これは装飾具でしょうから、衣服などと同じ9)皮膚と皮膚感覚、あるいは5)目と光に関する技術でしょう。
Wikiで「ビーズ」を調べると、「ビーズ」ページがヒットします。
1)ビーズ(英語複数形beads)は、装飾や手芸などに用いる穴の開いた小さな玉。数珠玉(じゅずだま)、南京玉(なんきんだま)ともいう。
南京玉すだれの歌と演技は、昔よく目にしました。芸能人のかくし芸大会などで披露されていました。
2)形状と用途
3)穴の開いた玉で、直径は10mm以下が多い。
4)形状は球形や円筒形の物が多いほか、花形や星形など様々ある。素材はガラスやプラスチックに加えて、古来の石(天然石や宝石)、貝殻、真珠、珊瑚、動物の角・骨など多岐にわたる。
貨幣に似ています。銅銭なども紐に通して、縦に重ねて持運んでいました。
5)装飾・手芸用品、子供向け玩具として売られている。穴に紐・糸を通して立体的なアクセサリーを作ったり、衣服やバッグなどに縛り付けたり縫い付けたりする。色が異なる多数のビーズを使い分けて、絵画のような模様を描き出す刺繍もある。
つまりは、モザイクの初歩です。絨毯の柄などとも関係が有るのでしょう。
6)主な用途は衣服(ブラウス、ドレスなど)、鞄、靴、装身具(ネックレス、イヤリング、指輪など)、玩具(万華鏡など)などである。
7)小さめのビーズが多数連なるように繋げて作った装飾品がネックレスである。
宝石類を使用した装飾品は、ビーズのそれが原型なのでしょう。
8)一方、大き目のペンダントトップビーズ(ペンダントトップ)が胸元の位置に配されるよう紐で結んだ装飾品はペンダントといい、ペンダントトップとネックレスを組み合わせたペンダント・ネックレスもある。
9)マイクロビーズや発泡スチロールビーズを用いたビーズクッションにも使われる。
黒柳徹子のマネージャーはビーズ作家だそうです。
10)語源・歴史
11)ヨーロッパのキリスト教圏でロザリオに使用される数珠玉について、アングロサクソン語のbiddan(祈る)、bede(祈る人)から変化して呼ばれるようになったのが語源という説がある。
12)装身などに用いる穴の空いた玉自体はそれ以前から、世界各地にあった。
13)古代インダス文明では、紅玉髄製ビーズの製造が盛んに行われ、樽型ビーズをはじめとしてメソポタミアにも輸出された。高い加工技術を要するマイクロビーズも作られていた。
14)また、古代エジプトでは先王朝時代(紀元前5500年頃)には自然石に穴を開けて紐でつないだ装飾品があったことが数多くの埋葬例からわかっている。当初は自然石をそのまま穿孔して使用していたが、次第に石を研磨して成形するようになった。
15)さらに王朝時代成立前の紀元前4500年頃にはファイアンスと呼ばれる石英粉で様々な形のビーズを作るようになった。
石英粉を溶融して成形したのでしょうか?
16)奴隷貿易の際に貿易品としてアフリカ大陸に渡ったビーズはトレードビーズ(英語版)と呼ばれる。
製造安価なビーズも、立派な貨幣と成りそうです。(笑)
17)1900年代初頭までに作られたビーズは、アンティークビーズ、ビンテージビーズと呼ばれる。
18)ガラスの加工技術が現在と異なり、独特の風合いのあるビーズが生産された。
19)また、プラスチック(ルーサイト)の加工技術が確立された時期にも当たるため、現在の感覚ではキッチュに見えるデザインのプラスチックビーズが大量に生産された。
キッシュとは、低俗、悪趣味、まがいもの、です。
20)日本では大正時代末に婦人雑誌などで紹介されて流行した。1926年に出版された『ビーズ手芸全書』が日本初の本格的な参考書である。
21)21世紀に入ってからの流行の推移としては、スワロフスキー全盛期を経て、現在はビンテージビーズなどのヨーロッパのビーズや天然石ビーズが、現代の工業生産されたものと違いひと粒ずつが個性を持っているとして人気を集めている。
22)種類
23)生産地による分類
日本、チェコビーズ(チェコ)、ヴェネツィアンビーズ(ヴェネツィア)、ボヘミアンビーズ(ボヘミア)、インド、フランス、ドイツ、中国、キファビーズ(アフリカ)
24)形状による分類
シードビーズ、そろばん玉、ナツメ型、ファイアポリッシュ、球形、花形、立体花、スクエア
25)材料による分類
とんぼ玉、プラスチックビーズ、陶器、粘土、動物の角、骨、貝殻、天然石ビーズ、真珠、天珠、アルミニウム
26)関連項目
ビーズ手芸、スパンコール、スワロフスキー、ビーズ・ビー、ビーズフレンド、勾玉
もう少し筆圧が欲しい所です。ここで数珠と勾玉についても、調べて置く事にします。まずは「勾玉」から。
1)勾玉(まがたま、曲玉とも表記)は、先史・古代の日本における装身具の一つである。
2)祭祀にも用いられたと言われるが、詳細は分からない。語源は「曲っている玉」から来ているという説が有力である。
3)語の初出は『記紀』で、『古事記』には「曲玉」、『日本書紀』には「勾玉」の表記が見られる。また『魏志倭人伝』には「句珠(くしゅ)」の表記がある。
4)概要
5)多くは、Cの字形またはコの字形に湾曲した、玉から尾が出たような形をしている。丸く膨らんだ一端に穴を空けて紐を通し、首飾りとした。孔のある一端を頭、湾曲部の内側を腹、外側を背と呼ぶ。
6)多くは翡翠、瑪瑙、水晶、滑石、琥珀、鼈甲で作られ、土器製のものもある。青銅などの金属製も存在するが、数は非常に少なく、青銅製は2013年1月時点で4例しか存在しない。
7)純金で装飾されている金の勾玉は、和歌山県和歌山市の車駕之古址古墳(しゃかのこしこふん)で発見された1例のみであり、現在は、和歌山市立博物館にて展示されている。
8)その形状は、元が動物の牙であったとする説や、母親の胎内にいる初期の胎児の形を表すとする説などがある。鈴木克彦は縄文時代極初期の〇(王+決の右側)状耳飾りが原型であるとの説をとる。
9)日本の縄文時代の遺跡から発見されるものが最も古い。朝鮮半島へも伝播し、紀元前6世紀から3世紀初頭の無文土器時代にアマゾナイト製の勾玉が見られる。
10)縄文時代早期末から前期初頭に滑石や蝋石のものが出現し、縄文中期にはC字形の勾玉が見られ、後期から晩期には複雑化し、材質も多様化する。縄文時代を通じて勾玉の大きさは、比較的小さかった。
11)弥生時代中期に入ると、前期までの獣形勾玉、緒締形勾玉から洗練された定形勾玉と呼ばれる勾玉が作られ始め、古墳時代頃から威信財とされるようになった。
12)1993年(平成5年)に東京都板橋区四葉遺跡の弥生末期の方形周濠墓から長さ7.4センチメートルのヒスイの勾玉が出土している。
13)魏志倭人伝によれば、邪馬台国女王の臺與から魏への進貢品に「孔青大句珠二枚(穴が空いて曲がった青い大きな玉2個)」があり、ヒスイ製勾玉であろうと推測されている(進貢時期は248年−266年の間)。
14)古墳時代前期の古墳から硬玉ヒスイの勾玉が出土することが多い。大阪府和泉市和泉黄金塚古墳では、大小の勾玉が34個も見つかっている。この内にはヒスイの勾玉が26個も含まれている。
15)古墳出土の勾玉の大きなもので3−4センチメートルであるが、1912年(明治45年)発掘の大阪府堺市の塚周り古墳(大山古墳の陪墳か)出土の大勾玉は、長さ約6センチメートルである。
16)奈良時代には寺院の心礎に納められたり、仏像の装飾に使用されることはあったが、あくまでも古来の伝世品で、新規に製作されたものではない。
17)日本本土では、現在まで神社等でお守りとして販売されているが、沖縄ではノロ(祝女)の祭具として使用され、現代もその伝統が受け継がれている。
18)古琉球時代(14世紀−16世紀)の遺構からは、玉製以外にも金製や陶製の勾玉が出土している。
19)弥生時代の環濠集落である唐古・鍵遺跡で、2003年(平成15年)に褐鉄鉱(鳴石)容器に入った勾玉が出土した。
20)古墳時代前期の博労町遺跡から、全国初の2個が背中合わせになったX字形の勾玉が発掘された。鳥取県米子市の博労町遺跡から発掘。
21)島根県松江市の西川津遺跡で、弥生時代後期の約1800年前に作られたとみられるJ字形のガラス製勾玉が発掘された。
22)皇室に伝わる三種の神器の一つに、八尺瓊勾玉が数えられる。
23)また武寧王陵など韓国内の王墓からも発掘されており、これらは翡翠で出来ている事から日本から伝来したものである。しかし、韓国歴史学会では古代の韓国から日本へ伝わったと主張している(韓国起源説)。
渡来人の中には、朝鮮半島由来の人々も居ます。
24)形の由来
25)「形の由来」の説として、以下のものがある。他にも幾つかの説があり、なにが由来となっているか、そもそも一つのものを由来とするのかもよくわかっていない。
動物の牙で作った牙玉を基とする説、胎児の形を模したとする説、魂の姿を象ったとする説、巴形を模したとする説、月の形を模したとする説、形そのものに意味があったとする説、破損した耳飾を再利用したとする説
勾玉は植物では豆、動物では胎児や腎臓に似ていますから、始原や豊穣を意味するのでしょう。そう言えば、太極図も同じ形をしていました。(笑)
26)関連項目
宝石、神道、玉作湯神社、日本における装身具の歴史、埼玉県旗−勾玉を丸く並べ、図案化したもの。、マガタマモ、カシューナッツ−勾玉の木とも呼ばれる。、たまゆら、ゴゴク(英語版)(〇/〇、曲玉)−先史時代の朝鮮で見られる曲玉。
27装身具
アダーストーン(英語版)−ドルイドが魔除け、魔女や妖精の幻術破りなどの力を持つと信じた穴の開いた石(ガラス)、天珠−チベットの護符の力があると信じられた瑪瑙に特殊な加工を施したビーズ。古代の物は、赤い斑点がある平円形のもので
中心に穴が空いている。、〇(王+凧)(玉〇・〇玉)・環(玉環)・〇(王+決の右側)(玉〇)
次は「数珠」です。
1)数珠(じゅず、ずず)は、穴が貫通した多くの小さい珠に糸を通し輪にした法具である。珠の数は108珠が基本である。
これは首の掛けるタイプのそれでしょう。手首に掛ける普通のそれには、108珠も有りません。
2)各宗派の本式数珠以外だと数に決まりはない。(#形状・名称を参照のこと。)形状は、各宗派の本式念数珠だと厳密な決まりがある。
3)仏を念ずる時に用いる珠との意味から「念珠」(ねんじゅ)とも呼ばれる。字の前後を入れ替えて「珠数」と書く場合もある。
4)概説
5)仏・菩薩を礼拝する際に手にかけて用いる。真言・念仏の回数を数えるのに珠を爪繰(つまぐ)ったり、摺り鳴らして用いる場合がある。
6)浄土真宗の場合は、念仏の回数を問題にしないため爪繰らない。摺り鳴らすこともせず、仏前での崇敬の念の表れとして用いる。
7)起源は諸説あるが、古代インドのバラモン教で用いられていた道具を原型とするとされる。それが、釈尊により用いられ、後に中国に伝わる。そして仏教伝来とともに飛鳥時代には日本に伝わったとされる。
8)時代に入り、浄土教が流行し称名念仏が盛んになるとともに一般にも普及する。
9)最近では腕輪念珠(腕珠)と呼ばれる、数珠を小型化し中糸をゴムなどにして腕に着けられるようにしたブレスレット的な数珠がある。
10)数を数えるという点では数取器でもあり、歩測に用いれば測量器具ともいえる。
11)他宗教でも、例えばキリスト教のカトリックなどではロザリオが数珠と同様の使途に用いられる。外観も似ていることからキリスト教圏において、数珠は「仏教徒のロザリオ」と呼ばれることがある。
12)→「数珠状の祈りの用具」も参照
13)梵名
14)梵名はアクシャ・マーラー(sa:〇IAST:〇)といい、『陀羅尼集経』巻四に用例が見られる。またヒンドゥー教文献ではアクシャ(〇)、アクシャ・スートラ(〇)、ジャパ・マーラー(〇)アクシャ・ヴァラヤ(〇)などと呼ばれる。R>
あるいは単にマーラー(〇)やスートラ(〇)とも略称される。
15)アクシャとは物をまっすぐ貫くものの意味で、梵語では車軸や心棒などもこう呼ぶ。
16)ジャパとは祈りの言葉を囁いたり呟いたりする事の意味で、これが神仏の名や真言陀羅尼を唱える時に使う道具である事を示す。
17)マーラーとは物を糸で繋いで連ねたものを指す言葉でネックレスなどもこう呼ばれる。
18)またアクシャとは梵語の字母表の最初の文字aと最後の文字kSaを合わせた単語でもあって、言葉のすべてを象徴し、ヒンドゥー教では50珠を連ねた数珠が通例である。
これは席亭も知りませんでした。以下は省略します。
19)珠の材質
20)数珠の珠は、古い文献には七宝が良いとされるが、現在では菩提樹など様々な材質が用いられる。珠の材料により、価格には大きな差がある。本水晶(玻璃)や珊瑚など明るい色合いのものは女性に好まれる。
21)高級な数珠用の素材としては、針入り水晶(ルチルクォーツ)、本翡翠(ビルマ翡翠)、象牙、ラピスラズリ(瑠璃)、天竺菩提樹・沈香などが用いられる。安価な数珠用には、石や珊瑚に似せたガラスや樹脂製の珠も用いられている。
22)宗旨・宗派により、材質や色、房の形に決まりがある場合があるので注意が必要である。
以下は省略します。
23)関連項目
マニ車、水晶玉#関連項目
マニ車とは東南アジアなどに有る仏具で、円筒の側面にはマントラが刻まれており、内部には経文や真言などが収められています。マニ車を回す事で、経や真言を唱えたのと同じ功徳があるとされています。
数珠の歴史について、もう少し知りたい所です。此処で「糸と織物」に戻ります。
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