東海道バーチャルトリップ
73)直進地点と←金刀比羅様道標、従西見付宿傍示杭、二枚の説明板/変形五差路交差点:松並木の先、交差点左奥、徒歩195分、道路南側
この交差点は変形五差路となっており、交差点の左奥に左から順に、道標、杭、説明板が在ります。この先は県道413号線との合流地点です。
道標の矢印は赤色で、傍示杭には屋根が付いてます。また傍示杭の右側に在る二枚の説明板も、更新されていました。
74)二枚の説明板(新)/変形五差路交差点:
上の説明板は大久保の集落と〇(木+旁)示杭で、下の説明板は岩井付近の東海道、です。
上の説明板の上部には説明文が、下部には東海道分間延絵図が描かれています。同絵図には大窪の地名も窺えます。説明文には、
〇示杭とは!、〇示杭とは、街道に沿った村や宿の境を示す標の柱です。ここは、見付宿と岩井村大久保そして西貝塚大久保の境界でした。江戸時代の文化3年(西暦1806年)に江戸幕府が発行した東海道分間延絵図に大久保の西端に
御料〇示杭が記載されています。平成25年地元有志により再建しました。設置位置は、資料(土地宝典・ブルーマップ・地図)を参考して決めました。下の東海道分間延絵図の赤丸は、大久保と見付宿の境界を示しています、とあります。
下の説明板には上から順に、国道1号線、大正時代の東海道、旧国道1号線(県道413号線)、江戸時代の旧東海道、大久保川、大正時代の松並木、江戸時代の旧東海道が記されています。
75)二枚の説明板(旧)/同:
こちらの方が綺麗な説明板でした。上の説明板が東大久保の東海道で、下のそれが〇示杭とは!、です。
上の説明板には旧道周辺の地名が記載されており、江戸方から順に、大久保坂、橋/大久保川、大正の道、江戸時代から明治までの旧東海道、大正の松並木、的場川、行人坂、〇示杭、とあります。
江戸時代から明治までの旧東海道は、現在の道(大正の道)の南に在りました。的場川は大正の松並木辺りで旧道を横断する川で、南方で先の大久保川と合流します。また行人坂は、的場川からの上り坂/旧道です。
こちらの方が上品で、しかも分かり易いです。(笑)
下の説明板には説明文と三枚の絵が表示されており、三枚の絵は上から順に、静岡縣磐田郡見付町全畧圖、拡大図、東海道分間延絵図です。また説明文は現在の説明板とほぼ同文です。
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