東海道バーチャルトリップ

31)曹洞宗那智山長命寺:直進地点を右折すると、左手、道路北奥

寺の入口右側には寺碑があり、曹洞宗那智山長命寺と彫られています。此処には長命寺の起源が記された石碑(〜由来書)と笹田源吾供養塔立札、その右に笹田源吾供養塔が在ります。
同供養塔は、笹田源吾供養塔と彫られた石柱の左に石仏一体、その左の石灯籠一基から成っています。また同立札の説明文には、
天正六年(一五七八)夏、遠江のほとんどの城が徳川家康の味方になってしまい、武田勝頼の城は高天神城(たかてんじんじょう)だけ、八月10日に笹田源吾(篠田源五)を偵察に出し、徳川方に味方する木原村の熊野権現社
(許禰神社)の神主親子に討ち取られてしまい、村は疫病や災害などの悪いことが続いて、彼の霊を鎮めるために長命寺の境内に供養塔を立てて、その前で念仏供養(袋井市指定文化財 木原大念仏)を始めた、とあります。
昔は神仏習合でしたので、長命寺=許禰神社の可能性も有ります。

32)木原大念仏と書かれた籠:旧道に戻り直進すると、右手、徒歩131分、道路北側

物入れでしょうか? 籠の正面右上に説明版が貼られており、市指定無形民俗文化財 木原大念仏、とあります。説明文には、
笹田源吾の墓をたて、その前で行っていた供養祭が木原大念仏の始まりと伝えられ、毎年、8月13日・14日の2日間、新盆の家をまわり行われ、とあります。
この木原大念仏はお盆の伝統行事で、初盆の宅に念仏踊りを奉納します。

33)袋井市木原大型道標と木原畷道標/十字路交差点:籠の先、交差点右手前、徒歩132分、道路北側

大型道標の左に道標が在ります。大型道標には、見付宿宿境まで一里二町、袋井宿宿境まで十七町。(小型)道標には100m→、とあります。矢印は赤色をしています。
大型道標の方は相変わらず木片が傷んでいましたが、道標の方は修理が完了して綺麗に成っていました。(笑)

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