東海道バーチャルトリップ

1)左折地点とどまん中茶屋/天橋、三差路:交差点左奥、道路南側

袋井市役所南交差点から西に歩いてくると、天橋の上で道路が左に分岐しています。これが旧道で、旧道は此処で左に折れます。また同茶屋は、交差点左奥に在ります。茶屋ではお茶を勧められます。

茶屋の敷地、交差点左奥の角は斜めに落とされており、其処に←油山寺道標が置かれています。←は赤い差し指の形をしています。以下、敷地外周にそって時計回りに茶屋の構成要素をご紹介すると、
袋井市袋井宿大型道標、見付宿←宿境まで一里二十四町、掛川宿→宿境まで二里十二町。敷地の南端には袋井宿看板、その右に掲示板とその下に東海道どまん中茶屋駐車場看板、その右に袋井出茶屋ノ図版画高札。
説明文には、初代広重が天保五年(一八三四)頃に描いた『保永堂版東海道五十三次』の一枚。この版画は袋井宿の東の入口を写したものと思われる。宿近くの田んぼの中に建つ出茶屋の風景に、のどかな庶民の旅の姿が感じられます、
とあります。ですから先に示した通り、「茶屋は東の入口のそれ」で良かったのです。(笑)

その右に、ぬかヒカ人生〇のさん十二支石碑。十二句の川柳と、「柳沢猛郎の川柳を 佐野芳洲書」、「十二支モニュメント製作 立川流 鬼秀」と彫られています。猛郎は新町の人で、芳洲は書道家、鬼秀は鬼板師(〜鬼瓦製作)です。
何れも地元の人です。その右奥に厠。茶屋の左手前には袋井宿と記された木製灯篭、茶屋の入り口には紺色に染められた海道どまん中茶屋の暖簾。今日はご年配の女性が街道を歩く旅人をもてなして居ました。
入口の右側には上から順に助郷寄合処木片、喫茶去木片、狸の置物が大一つ、小二つ、植木鉢と置台、その右に投函箱(ポスト)。その右には墨が掠れて読めない3枚の木片とその下に箱。
前回の写真も参考にして読むと、上から順に、宿々開函刻限、喫茶〇地名時〇、書状差出人心得、上り方書状箱下り方、と読める。その下に可睡斎→道標。→は赤い差し指の形です。その右に観光案内処看板と、手前に木製灯篭。

敷地入口の左側、車道沿いには小さな袋井宿石碑、その奥に→東海道五十三次どまん中、これより袋井宿木製杭、その左に袋井宿、弥次さん喜多さん写真撮影用パネル、その左ベンチの背には「無料お休み処」、とあります。
これで敷地外周は終了です。今度は敷地北西に在る歩道からの入口から敷地内に入り、以下時計回りにご紹介すると、旅人用ベンチとその右に蛇口と延長ホース付きシャワー、シンク。これは作業用でしょう。
その右に、二千年前のロマンを語る大賀蓮立札。大賀蓮は古代ハスで、発掘したハスの実が実際に発芽しました。花の色は濃いピンクです。その右に順路が記された東海道の順路立札、その右にベンチ。
立木には浮世絵に見られた様に陶製の薬缶が吊るされており、その根元には十二支を象った先の焼物(〜瓦)が置かれています。瓦の間には金属製の説明小片が刺さっており、ねずみ子Nから順に、うし丑・・・いのしし亥、とあります。
(うしとら艮、たつみ巽、ひつじさる坤、いぬい乾小片も有ります)また立木の手前には、従是袋井宿 東海道五十三次之内傍示杭が建っています。

2)東海道どまん中食処坂口屋木板:茶屋の向かい、左手、道路東側

茶屋の向かい、旧道の左手には、同木板が貼られた家屋が在ります。

3)直進地点/二叉:坂口屋の先、

どまん中茶屋の先には二叉があり、直進する道と左に入る道が有りますが、旧道は直進する方です。此処から旧道は右にカーブします。

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