東海道バーチャルトリップ
55)街道往還図高札(旧)/西棒鼻:傍示杭の先、右手、道路北側
墨で描かれた古図です。旧道を中心とした名所、旧跡が描かれていますが、街道の下半分(南側)は名前の表示が逆様に成っています。赤坂宿側から正立している地名(北側)を列挙すると、
宿囲石垣、津嶋舎、阿み多寺、浄土宗徳性寺、明神山、赤山明神社、津島社、宿囲石垣、一リ塚。倒立した地名を赤坂宿側から列挙すると、明星院、石ばし、浄土宗称名寺、薬師堂、石ばし、東本願寺傳誓寺、宿囲石垣、十王堂、一リ塚。
宿を横切っている小川も、これで良く分かります。
56)藤川立札/西棒鼻:
この立札は同立札の左に在る、歌川豊広歌碑を説明しています。立札の説明文には、
藤川、藤川のしゅくの棒はなみわたせば 杉のしるしとうで蛸のあし、歌川豊広、
藤川宿の棒鼻を見わたすと、杉の木で造った表示が立っており、付近の店には西浦、吉良から持って来たうでだこを売っており、たこのあしがぶらさがっている。※歌川豊広 一七七四〜一八二九、江戸時代後期の浮世絵師、
門人として歌川広重がいる、とあります。
先の資料に「杉のしるしは傍示杭」とありましたが、ガイドは「熊野詣のしるしの杉」の事だと思いました。この西浦、吉良は三河湾沿いに在ります。この三河湾へ行く道は、この後登場する吉良追分から分岐する吉良道です。
その道程は、歩いて2〜3時間の距離でしょうか? ですから日持ちする様に、ゆでだこな訳です。またこの蛸の足は、藤(藤川の象徴)にも掛けていたりします。要するに、往来の賑やかさを歌っているのでしょう。
(藤川宿<<岡崎宿ですけどね、笑)
また近頃ブラタモリは伊勢路を特集していますが、確か吉良や伊良湖方面から伊勢へショートカットする航路、舟道も有った筈です。(笑)
57)歌川豊廣歌碑/西棒鼻:
こちらの方は豊廣です。
→(37.5)藤川宿−岡崎宿へ