東海道バーチャルトリップ

49)西棒鼻跡:案内板の先、右手、徒歩49分、道路北側

藤川小学校の校庭沿いに、西棒鼻が設けられています。赤坂宿側から順に、西棒鼻立札、棒鼻モニュメント、石灯籠、藤川立札、西棒鼻跡立札、従是東藤川宿 東海道五十三次之内傍示杭、松の木、
藤川宿案内板高札、藤川(歌碑)立札、松の木、歌川豊広歌碑、が有ります。藤川宿案内板高札は更新されています。以前は街道往還図高札でした。

50)西棒鼻(にしぼうはな・にしぼうばな)立札/西棒鼻:案内板の先、右手、道路北側

「棒鼻」とは、棒の端、すなわち棒の先端をいい、それが転じて、宿場のはずれを「棒鼻」と称し、従って宿場町では、東、西の両方のはずれを言う。藤川に再現された「棒鼻」は、歌川広重が描いた東海道五十三次・藤川宿の浮世絵
「棒鼻ノ図」を参考にして復元した「修景・棒鼻」である。〇(片+旁)示杭(境界を示す杭)と宿囲石垣が、その景観を際立たせている。また、脇にある歌碑には、広重の師匠である歌川豊広の描いた浮世絵の中にある狂歌で、
「藤川のしゅくの棒はなみわたせば 杉のしるしとうで蛸のあし」と書いてある。この狂歌の中で〇示杭を「杉のしるし」とし、ぶらりと下がる「うで蛸のあし」と、藤の花がぶらさがって咲いている様子とにかけておもしろい。
藤川宿まちづくり研究会、とあります。
この藤川宿にも後に登場する吉良道を使って、海産物が販売されていた様です。

51)石灯籠と藤川立札/西棒鼻:モニュメントの先、右手、道路北側

藤川立札には、江戸へ七十八里二十九丁、赤坂へ二里九丁、藤川、岡崎へ一里半、京へ四十六里二十七丁、とあります。

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