東海道バーチャルトリップ
(37)藤川宿
最寄りの駅は名鉄名古屋本線藤川駅です。東棒鼻へ行くには出口で降りて藤川小学校の東を南下、左折して県道327号線(旧道)を東に歩きます。写真は東棒鼻を赤坂宿側から撮っています。
広重の版画には、幕府勅使(〜宮廷への馬の献上)を棒鼻で迎える人々が描かれています。
幕府勅使ですから、出迎えたのは東棒鼻でしょう。版画には塚と柵、柳に傍示杭と二枚の立札が描かれています。また馬の背には御幣(ごへい)が載せられています。
古来より三河の地は良馬の産地であると言われています。この先の池鯉鮒宿などでは、馬市の話も登場します。
そして東海道線がこの地を離れたのは、赤坂宿−藤川宿間の急勾配が原因でした。SLは勾配に弱く、電車は勾配に強いのです。(笑)但しこれだけではどちらが高いかは分かりませんからその標高を調べてみると、YAMAPの頁に
東海道:赤坂宿→藤川宿→岡崎宿とあって、38m〜109m〜15mという値が有ります。また本宿駅、名電山中駅の海抜/マピオンは、各々94m、89mでした。ですから、途中に峠が有るのでしょう。(ガイドが歩いた感触も同様)
此処で名鉄名古屋本線の歴史を簡単にご紹介しておくと、豊橋駅−名鉄名古屋駅間は愛知電気鉄道により建設され、名鉄名古屋駅−名鉄岐阜駅間は名古屋鉄道が合併した会社の路線が繋がり成立、とWikiには有ります。
そこで愛知電気鉄道の歴史を調べると、設立は1910年(明治43年)で、常滑線、有松線(神宮前−有松裏、1917年)、豊橋線(神宮前−吉田、1927年)の各路線を開通させています。
豊川鉄道線の平井信号所からは、豊川鉄道線の北側に新たに単線を新設して、愛電、豊川鉄道の両社で複線を共用しました。そしてこれが、現状(JR飯田線との共用)に繋がる訳です。(笑)
このJR飯田線との線路共用によって、名鉄のダイヤはかなり特殊なそれ(〜豊橋駅に普通列車は乗入れない)と成っています。
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