東海道バーチャルトリップ

115)岡家住宅立札と同住宅:竹田家の先、左手、徒歩291分、道路南側

立札の説明文には、市指定有形文化財(昭和六二年)、主屋一棟、作業場一棟、東倉一棟、西倉一棟、当住宅は、江戸時代末期の重厚な有松の絞問屋の建築形態である。主屋は、旧状をよく残し、二階窓の優美な縦格子をもち、有松における代表的な
美しい外観を備えた塗籠造の建物である。勝手の釜場は、防火上塗籠であり、このような形式では、現存する唯一の禮で意匠的にも優れている。名古屋市教育委員会。

116)小塚家住宅立札と同住宅:岡家の先、左手、徒歩292分、道路南側

立札の説明文には、市指定有形文化財(平成四年)、主屋(茶室付)一棟、表倉一棟、南倉(土庇付)一棟、当住宅は、重厚広壮な有松の絞問屋の形態をよくとどめている。主屋の一階は格子窓、二階は塗籠壁、屋根両妻に卯建があり、塗籠造のうち
最も古いものの一つと思われ、有松らしい家並みの景観上からも貴重な建物である。小塚家は、屋号を山形屋として明治期まで絞問屋を営んでいた。名古屋市教育委員会。

117)文章嶺天満宮参道:小塚家の先、右手、徒歩293分、道路北側

参道左右に石灯籠が一対、灯籠の胴には、文章嶺天満宮とあります。また左灯籠の手前には、切通し案内板が置かれています。その左に、大きな文章嶺天満宮宮碑が建っています。
案内板の説明文には、−有松天満社への参詣道、山上に祀られているのは、有松天満社。元々は山であったところに参道を切り開き、切通しと呼ばれるようになりました、とあります。参道は上り坂であり、同社は旧道の北に在ります。
文章嶺は、ぶんしょうれい、あるいはふみのみね、と読みます。元々は祇園寺の鎮守であった様です。

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