東海道バーチャルトリップ
103)服部幸平家住宅の倉立札と同倉:(会館で休憩を取り)、右手、徒歩276分、道路北側
立札の説明文には、服部幸平家は、西隣(左側)の絞問屋・服部家から分家した家柄であり、かつて屋号を井桁一といった。明治時代中期、分家の際に譲り受けたこの倉は、切石の土台の上に建てられた木造切妻二階建桟瓦葺で、白漆喰の塗籠造、
腰を海鼠壁とし、江戸時代の様相を呈している。服部家住宅と一体をなしている点で、有松の町並み景観上、非常に重要である。昭和六十二年(一九八七)、県の有形文化財に指定された。名古屋市教育委員会、とあります。
104)服部家住宅立札と同住宅:倉の先、右手、道路北側
立札の説明文には、服部家は、寛政二年(一七九〇)創業の絞問屋で、屋号を井桁屋という。屋敷地は、東海道に面して広い間口を有する。中央部に店舗及び居住として利用する二階建の主屋を排し、井戸屋形、店倉、藍倉、門など合わせて
十一棟の屋敷が有力な絞問屋の屋敷遺構の典型として、昭和三十九年(一九六四)県の有形文化財に指定された。主屋の二階は黒漆喰の塗籠造、屋根両妻に卯建を設ける。土蔵は漆喰の塗籠造で、腰は海鼠壁とし防火対策を行っている。
有松を代表する価値ある建物群である。名古屋市教育委員会。
行灯型の街路灯も風情が有ります。また道路も綺麗に舗装されています。
105)棚橋家住宅立札と同住宅:住宅の先、左手、道路北側
立札の説明文には、国登録有形文化財(平成二一年)、主屋 一棟、当住宅は、棟札に「明治八年五月吉日」地鎮柱礎長久と記してある。主屋は、木造つし二階建、切妻造桟瓦葺で、桁行一六m、梁間八・五m、一階は土庇とする。二階は出桁造、
一間(約一・八m)ごとに格子窓を並べ、漆喰で塗籠られており、妻壁も塗籠とする。東海道を挟み北側に分家した服部家住宅(井桁屋)の本家(大井げたや)として約五十年絞問屋を営んだ後、棚橋家が、昭和八年から約五十年間医院、その後、
住宅として使用されている。名古屋市教育委員会。
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