東海道バーチャルトリップ

100)有松絞立札と石灯籠/有松・鳴海絞会館:駐車場の右奥

駐車場の右奥に、石碑に行く為の入口があり、そこの左手に同立札が建っています。また突当りには石灯籠も窺えます。(写真中央)
立札の説明文には、有松絞は尾張藩の移住奨励策により、慶長十三年(一六〇八)知多郡阿久比庄より移住してきた竹田庄九郎が創始したといわれる。
築城工事で名古屋へきていた豊後国(大分県)の者が着用の絞染衣類にヒントを得て、九々利染の手業を考案し、研究の末、馬の手綱までつくった。寛永十八年(一六四一)二代藩主徳川光友に献上、さらに将軍綱吉にも献上された。
また、豊後の医師、三浦玄忠の夫人が、国元で覚えた括り絞りの技法を村人に伝授し、育成に貢献した。今に伝わる三浦絞である。その後、二代庄九郎の時に三浦絞の新しい染を開発し、また藩の保護もあって急速に発展した。
名古屋市教育委員会、とあります。

101)二つの石碑/同会館:駐車場の奥、徒歩270分

左の石碑には有松絞開祖竹田庄九郎坐碑、右の石碑には〇徳魂、と彫られています。

102)会館入口/同会館:

入口の左側には赤茶色い〇上立札と以上立札が置かれており、その後ろの壁には伝統四百年の絞りを知る・・・、有松・鳴海絞会館、この会館は長い歴史の中でつくられた伝統と技術を伝えた「絞りの世界」を身近にふれていただける広場です。
主な施設、開館時間、休館日が示されています。その左には鳴海宿の二枚の浮世絵と、幕末のころ、頼山陽が井桁屋で泊まったさい町の風情に心うたれて扇面に書きしるした詩文、その左には読めない木札と、有松絞商工協同組合看板(写真左外)
が貼られています。ガイドも店先のベンチで一休み。尚、入口の左側には昭和六十一年十一月十日皇太子殿下、皇太子妃殿下行啓記念石碑が、右側には扇モニュメント(〜頼山陽詩文)と旧知多郡有松町役場跡地石碑も建っています。

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