東海道バーチャルトリップ

73)国指定史跡阿野一里塚立札と史蹟阿野一里塚石碑/右手一里塚:右奥、道路東側

通路の右側にはベンチが置かれており、突当りには同立札と同石碑が建っています。立札の説明文には、徳川家康は慶長九年(一六〇四)すでに整備した東海道の宿駅・伝馬制に加えて、道の両側へ塚を築かせ、一里ごとの目印とした。
県内の東海道には、十八の一里塚があったが、現存するのは四か所、そのうち、道の左右とも残っているのはこの塚と、知立市のみである。昭和十一年十二月に指定を受けた。豊明市教育委員会、とあります。

74)阿野一里塚(西側):東側の向い、道路西側

東側と同様に入口の右側には、国指定史跡阿野一里塚の大きな看板が有ります。

75)市雪句碑立札と同句碑/左手一里塚:左奥、道路西側

通路の左手にはベンチが置かれており、右手には石碑。石碑の正面には南無地蔵菩薩、右側面には南無阿弥陀佛と彫られており、他は読めません。
通路の奥には句碑と市雪句碑立札が建っており、立札の説明文には、春風や 坂をのぼりに 馬の鈴、市雪、東海道の阿野一里塚から、「前後」に向かって坂を登りつめると、名医のほまれ高い三田邸があり、「春風に馬鈴が蘇えるようにひびき、
道には山桜が点在して旅人の心を慰めてくれる。」の意である。この句は愛知郡下之一色の森市雪の作で、嘉永元年(一八四八)刊の「名区小景」に載る。豊明市観光協会、とあります。
しかし此処は草が深い為、ベンチに座ると虫に食われそうです。(苦笑)

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