東海道バーチャルトリップ

43)四つの小さな石碑:二つの大きな石碑の左、徒歩208分、道路南側

左の木の後ろに、四番目の石碑が在ります。
以上6つの石碑の字は翳んで読めませんが、後述する「潮見坂上の石碑群」立札を参考にすれば、これらの石碑は元白須賀町長の山本庄次郎、医師で地域の文化振興に尽くした石川榮五郎らのそれであることが分かります。

44)湖西市立白須賀中学校:石碑群の先、右手、徒歩212分、道路北側

白須賀中学校と白須賀小学校が出来る前は、旧道はそれらの敷地を貫いていました。

45)潮見坂公園石碑と湖西市白須賀宿潮見坂公園跡大型道標:中学校の向い、左手、同分、道路南側

写真左側が公園石碑で、右側が大型道標です。新居宿←5.3km、二川宿→7.6km。
前回来た時には、公園石碑の右側には潮見坂公園跡立札も建っていました。その立札には、
明治天皇が江戸へ行幸する途中に休まれた潮見坂上は、かつて織田信長が武田勝頼を滅ぼして尾張に返る時、徳川家康が茶亭を新築して、信長をもてなした所でもあります。
大正十三年四月、町民の勤労奉仕によりこの場所に公園がつくられ、明治天皇御聖跡の碑が建てられました。現在は、公園敷地に中学校が建てられていて、当時の面影をみることができませんが、
明治天皇御聖跡の碑だけは残されています、とあります。

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