東海道バーチャルトリップ

1)ようこそ『技術立国発祥の地』湖西市へ案内板、道標、湖西市防災案内図:新居関所手前、右奥、道路北側

道標の右には湖西市へ案内板が、左には防災案内図が有ります。
中央の道標には←新居関所、↑休憩所、→トイレ、←|旅籠紀伊国屋資料館、とあります。
防災案内図には海抜1.8mとあり、津波に対して警戒する必要が有る事が分かります。此処に湊が有りましたものね。(笑)
また案内板には、豊田佐吉・喜一郎が生まれたまち、とあります。豊田佐吉はトヨタグループの前身である、豊田紡績の創業者です。

2)特別史跡新居関所:道標の先、右手、道路北側

この関所には、関所史料館の入口から入ります。
お白洲?の中央には松の木と、炭太祇の句碑。木戸しまる音やあら井の夕千鳥 太祇。太祇は江戸時代中期の俳人です。その西側には関所の石樋(側溝、石製)と同立札、覚/高札も置かれています。
建物の外を一回りすると、裏庭には松の木が植えられていました。
靴を脱いで中に入ると、面番所には役人の人形が並んでおり、建物の西側には東海古関/徳富蘇峰の額。この蘇峰は先の大磯宿でも登場した、明治のジャーナリストです。

3)新居関所・関所史料館:新居関所の看板を右折するとすぐ、右奥、道路北側

新居関所の看板の後ろを右折し少し歩くと、同史料館(〜写真中央の白い建物)への入口に至ります。同史料館の手前には渡船場跡立札が建ち、雁木を設けた渡船場跡が広がっています。立札には、
江戸時代、新居と舞坂の間は、渡船による交通が行われた。この渡船場跡は宝永五年(一七〇八)に今切関所が現在地に移転してからのものである。大正以降の埋め立てにより、今はその面影をまったくとどめていないが、
平成十四年(二〇〇二)に渡船場の一部を復元整備した。平成二十二年三月、湖西市教育委員会、とあります。史料館の中には、ジャパンブルーと呼ばれた五十三次の版画も飾られています。
しかし日に焼けたのか?、その藍色(ベロ藍、プルシアンブルー)もくすんでいました。そして「プルシアンブルーの肖像」は、安全地帯の曲ですよね?(笑)

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