東海道バーチャルトリップ
49)法蔵寺橋/鉢地川:寺を罷り旧道を行くと、徒歩182分
50)直進地点/本宿旧代官屋敷:橋から少し歩くと、左手、徒歩187分、道路西側
前回来た時はこの辺りの交差点左奥に本宿陣屋跡と代官屋敷(現冨田病院)立札とその下に案内板有りましたが、道路の改修に伴って撤去された様です。前回は急いでいた為、此処はパスしました。立札には、
元禄十一年(一六九八)旗本柴田出雲守勝門(かつかど、柴田勝家子孫)が知行所支配のため、本宿村に陣屋を設けた。以来明治に至るまで存続した。陣屋代官職は冨田家が世襲し、現存の居宅は文政十年(一八二七)の建築である。
郷土史本宿研究会、とありました。
今回来た所、交差点の右、左手前、左奥に各々3枚の道標が貼られていました。上から順に、←医療法人木南舎、冨田病院、←RISTORANTE Yughino Yugo、←本宿旧代官屋敷、です。
ガイドは同屋敷を見学する為、此処を左折します。
51)本宿旧代官屋敷:富田病院の敷地内、道路西奥
直進地点を左折しその先丁字路を左折すると、冨田病院に至ります。左手に2枚の道標、|→RISTORANTE Yughino Yugo、|→本宿旧代官屋敷が有るので、その手前を左折します。
道標に従って順路を行くと右手に土蔵(写真)があり、その先に屋敷が在ります。土蔵の入口左側には、郷土史資料展示室の札が掲げられています。Wikiによれば、
1)大身旗本・柴田勝門(3520石)が三河国に知行地を移された。
2)額田郡本宿村に陣屋を置き、現地の有力者冨田元右衛門重庸を初代代官に任ずる。
3)文政10年(1827年)に冨田家住宅の主屋(木南舎)が建てられた。
4)1876年(明治9年)頃には土蔵が建てられた。
5)1903年(明治36年)、11代当主の冨田丈次郎が冨田医院を開業して初代院長となった。
6)冨田清の長男である冨田勲はシンセサイザー作曲家(あの冨田、有名!)の道を歩んだため、弟の冨田稔が3代目院長に就任。
7)2019年(令和元年)代官屋敷と蔵を再生、2020年(令和2年)冨田家住宅木南舎、冨田家住宅土蔵が登録有形文化財に登録、とあります。
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