東海道バーチャルトリップ

19)蘇鉄と供〇塔/浄泉寺:山門を潜ると、同分、道路西奥

参道左手には石灯籠と供〇塔、その左側に蘇鉄(ソテツ)が有ります。此処はソテツと百観音で有名です。前回来た時にはイチョウが黄葉しており、ソテツとのコントラストが綺麗でした。
ソテツの下には、「蘇鉄、赤坂宿(赤坂駅)」説明板が置かれており内容は更新されていましたが、左下の絵図は既に滲んでいました。説明文には、
蘇鉄、この「ソテツ」は広重の東海道五十三次の内 赤坂「旅舎招婦図」と題されたはたご風景の中に描かれていた「ソテツ」である。
明治二十年頃道路拡張により当時の旅籠より当寺境内に移植された。(樹齢・推定二八〇年 樹高・三メートル 幹周・四、六メートル)
赤坂宿(赤坂駅)、徳川幕府時代に於ける赤坂宿は東海道五十三次の一にしてまた三河一国の幕府領を支配する代官所(赤坂陣屋)の所在地たり。宿には本陣、脇本陣、問屋、旅籠屋等に至るまで其設備至らざるはなし。多数の
飯盛女を抱えて繁盛を極む。御油や赤坂吉田がなく婆 何のよしみで江戸通い、御油や赤坂吉田がなけりや 親の勘当うけやせぬ、夏の月 御油より出でて 赤坂や(芭蕉)。

境内左側の壁には、百観音(写真左側)がズラリと並んでいました。

20)大橋屋:寺を罷り旧道に戻ると、左手、徒歩38分、道路西側

2015年まで営業していました。前回来た時はかなり荒れていましたが、今回は綺麗に整備され、内部が見学出来る様に成っていました。
また、豊川市東海道赤坂宿大橋屋旧旅籠鯉屋と、東海道御油宿・赤坂宿マップを頂きました。
此処は先の広重版画に登場した旅籠で、先の浄泉寺のソテツはこの大橋屋ではなく、清須屋から移された物だそうです。大橋屋の旧名は伊右ヱ門鯉屋。時代を感じさせます。

21)大橋屋(旧):

前回来た時の写真です。
現役間近だった旅籠の一階には三枚のガラス戸が嵌り、その上には小さな障子が有ります。また二階の縦格子は、中央が欠けたオシャレなそれでした。ですから現在の復元とは、江戸時代のそれなのでしょう。

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