東海道バーチャルトリップ
34)直進地点/郷社八幡社参道、ト字路:説明板から少し歩くと道は上りとなり、右手、徒歩56分、道路東側
旧道の右手に、出雲風注連縄と榊が飾られた石鳥居が建っています。鳥居右側には郷社八幡社社碑、左側面には東京角力錦戸春吉とあります。春吉はご当地出身の力士です。
また鳥居左側には、赤坂の舞台ポストも建っています。ガイドは同神社に立寄る為、此処を右折します。
35)赤坂の舞台ポスト:鳥居左手前、徒歩57分、道路東側
頭頂部は斜めに削られており、その上には舞台の絵(写真?)が描かれています。この赤坂の舞台は杉森八幡社の境内に在ります。
赤坂の舞台では江戸時代には人形浄瑠璃が、明治時代には歌舞伎が演じられました。
36)杉森八幡社と夫婦楠:参道を進むと、道路東奥
石鳥居を潜り参道を進むと、同じ注連縄と榊が飾られた二の石鳥居が有ります。鳥居を潜ると、左手に郷社八幡社御祭神高札と、その下に神力石説明板、右手には手水があり、手水の右奥の柱にも神力石の説明板が貼られています。
ガイドも此処で手を洗い口を濯ぎます。その先左手に市指定天然記念物杉森八幡社の楠(夫婦楠)石柱と、その左に杉森八幡社の楠説明板。説明板の説明文には、
杉森八幡社境内・拝殿向って左側前から二本がそれであり根株が一本化し二本に成長していることから「夫婦楠」とも呼ばれている。当社は大宝二壬寅年(七〇二年)持統上皇が、東区に御巡幸のとき当地の頓宮におられたとき、
伊勢神宮領御厨跡に大神宮・八幡社を勧請遊ばされ、両宮とも神鏡を納められたと伝えられる。社の発生から考察し、また調査したところ、この楠は推定樹令約一〇〇〇年と考えられる。目通り六メートル、高さ約二〇メートル、
根ばりが楠の特長をよくあらわしている。昭和五十二年三月一日、豊川市教育委員会、とあります。
参道の先には石段が有り、左右に献奉御神燈一対、石段を上ると左右に献燈一対、狛犬一対。拝殿にも注連縄と榊が飾られており、その上には読めない額も飾られています。ガイドも参拝を行います。
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