東海道バーチャルトリップ
7)小橋と小さな石碑:左折の先、徒歩38分
橋の袂右手前に小さな石碑があり、「阿せちはし」と彫られています。親柱でしょうか?
この阿せちはしをネットで調べると、阿瀬知川がヒットします。この川は以前はヘドロが溜まり悪臭のする川でしたが、現在は河川の浄化に成功しています。ですから此処は、阿瀬知橋/阿瀬知川なのでしょう。
8)佛法山崇顕(そうけん)精舎石碑/ト字路:小橋の先、交差点左側、徒歩40分、道路東側
左手に同石碑が建っています。石碑の手前には青い幟も建っており、東海道、ここは四日市の文字と、小僧が描かれています。
正面には佛法山崇顕精舎、左側面には丹羽文雄生誕之地、右側面には吉川英治先生梵鐘響流十方、裏面には細かい文字と、平成八年五月十一日建之、とあります。
佛法山崇顕寺は真宗高田派で、同石碑の裏に在ります。丹羽はこの崇顕寺住職の長男で、明治生まれの小説家です。文壇の大御所で、日本文芸家協会会長・理事長などを歴任しました。
吉川は明治生まれ、横浜市中区出身の著名な小説家で、朝日新聞に連載した小説「宮本武蔵」は特に有名です。響流十方の方は、「真宗寺院の梵鐘の多くには響流十方の銘文が刻まれる」そうで、これは阿弥陀佛の教えの様です。
9)←東海道→道標/十字路:石碑の先、交差点右奥、徒歩41分、道路西側
道標には←東海道→の文字と、四日市宿〜采女の旧所、名跡が表示されています。
四日市宿と日永の間には、浜田城址前交差点、現在地、鹿化川左岸、天白橋←→中央通り、約2.4km、日永と小古曽(おごそ)の間には、内部駅前←→天白橋、約3.5m、小古曽と采女の間には、采女町交差点←→内部駅前、
約2.7km、とあります。また浜田城は鵜の森一丁目に在りました。
→次の頁