東海道バーチャルトリップ

4)右曲り:マンホールの先、右手、徒歩8分、道路西側

広い道(国道164号線)を渡ると、旧道は右に曲がります。

5)迂回路、直進地点/変形十字路:右曲りの先、徒歩8分

旧道を先に進むと、枡形の様な変形十字路に至ります。後述する様に、此処からは迂回路です。迂回路は此処を直進します。写真では左側の方の道です。交差点右奥に、道標群が建っています。

6)大きな道標、東海道←→道標、案内板、赤い道標/同交差点:交差点右奥、同分

写真右側、桑名宿側から順に、大きな道標、東海道←→道標、その下に「かつては図のように東海道が通っていました。」案内板、その左に赤い道標が建っています。
大きな道標の正面にはすぐ江戸道、右側面には文化七庚午冬十二月建、裏面にはすぐ京いせ道、左側面には→京いせ道←ゑどみち、とあります。矢印は指差しの形をしています。(指差道標)
案内板には現在地の周辺が紹介されており、先の右曲りから現在地、当交差点を通過して、諏訪神社前でアーケード街に直通する道(R1敷設により、現在は廃道)が紹介されています。ですから、此処からは迂回路です。
赤い道標の正面には旧町名南町、右側面にはきゅうちょうめい みなみまち、裏面には四日市市旧町名保存継承事業、一九九六年二月設置、左側面には細かい文字で、

東海道と湊へ通じる東西道路の交差する四つ辻の南に位置した市場であることから弘治・永禄年間(一五五五〜一五七〇)に南市場と称された。江戸時代には宿場町として栄え、寛文三年(一六六三)には町名が南町と改められた。
問屋場や脇本陣、飛脚などとともに多くの旅籠が集中し旅籠町とも呼ばれた。その後東西に新開地として広がった、とあります。

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