東海道バーチャルトリップ
52)小田町寺社の由来高札(旧)/地福寺:石段の手前、道路北奥
献燈の先石段の手前、現在の連絡板高札の場所には、小田町寺社の由来高札が置かれていました。説明文には、
鈴鹿市西部に位置する小田町の極楽山地福寺は、その所在地を小田町道心がいどうと呼び、その昔道心が多く修行せし処といわれている。当時は七堂伽藍の備わった寺といわれ、現在も中堂、そして道心達の風呂のあった場所として、風呂の谷等
その名残の地名が残されている。永禄十一年(一五六八年)織田信長の戦火に遭い焼失観音堂は常念仏堂として各誉上人の発願により延寳五年(一六七七年)に建立され、中央に歴代亀山藩主の帰依された阿弥陀如来をまつり、その両翼には
後に江戸の鈴木市郎ヱ門が東海道往来の人々の安全と家族の菩提を弔う為に、元禄十二年(一六九九年)に西国三十三所の観音菩薩像三十三体を寄進され東海道の道すがら多くの人々の立ち寄りご利益をいただき、また毎月十七日の縁日には
門前に市が立つほどのにぎわいであった。毎年八月十七日は盛大に盆おどりを行い、近郷より人出も多く現在もにぎわっている。毘沙門堂は身丈一メートル六十センチの青銅造り毘沙門天をまつり福徳をさずける、七福神の一つとしても信仰を集めている。
九月二十日の縁日には、昔は踊りもあってにぎわっていたと伝えられている。堂内には鎌倉時代の作といわれている青面金剛も安置され、その昔庚申さんとして広く庶民の信仰の対象となっていた。寺宝として江戸時代初期の二十五菩薩像も伝わっている。
平成四年十月、とありました。
53)県道641号線横断地点と看板/変形十字路:左入の先、徒歩101分
左から県道が合流します。旧道右手には看板が貼られており、↑旧東海道、道路横断して直進、とあります。矢印は赤色です。この看板(道標)は、前回来た時は有りませんでした。
この交差点を右折すると、海善寺踏切に至ります。(前回のコース)ガイドは看板の指示に従い、交差点の左側に在る横断歩道(写真左端)を渡ります。看板には公官庁の署名が無い為、一抹の不安が過ぎります。
54)右折地点/同交差点:横断歩道を渡ると、右手、道路西側
県道641号線の横断歩道を渡り、次いで右折します。
→次の頁