東海道バーチャルトリップ

19)小社:石仏の先、右手、徒歩55分、道路東側


20)一里山の一里塚:小社の先、右手、同分、道路東側

タイルが貼られた台座の中に、豊橋市指定史跡一里山の一里塚説明板が有ります。そして此処が東海道71番目の、細谷、豊橋一里山一里塚なのです。
SUS製の説明板にも既に劣化が始まっていますが、劣化の少ない前回写真のそれを参考にして調べると、説明板には、
豊橋市指定史跡一里山の一里塚、昭和五十年十一月八日指定、慶長九年(一六〇四)徳川家康は、江戸日本橋を起点として東海道・東山道・北陸道に主に榎を植えた一里塚を築かせ、
これを全国に普及させた。一里塚は、三十六町を一里とした里程標で、旅人にとっては里程や乗り賃支払いの場合の目安となり、日ざしの強い時には木陰の休所ともなった。
江戸時代には、道中奉行の監督下で吉田藩が松並木とともに保護維持にあたったが明治以降その必要性も次第に失われ荒廃にまかせられた。この一里塚は、もと道路を挟んで左右に
一基ずつあったが、南側のものは破壊されて屋敷の一部となり、僅かに残った痕跡も大正末年頃には全く消失してしまった。現在、幸いに保管されて残るこの塚は東西十一米、南北十四米、
高さ三米で、旧東海道の面影を残す極めて稀な遺構の一つである。豊橋市教育委員会、とあります。

21)左曲り:一里塚の先、左手、道路西側

国道1号線はこの後、小さな蛇行を繰返します。

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