東海道バーチャルトリップ
34)せぎ跡(左側):せぎ跡(右側)の向い、左手、徒歩215分、道路南側
せぎ跡の上に、同立札が載っています。写真右奥は朝顔の松公園です。
35)朝顔の松公園:せぎ跡の先、左手、徒歩216分、道路南側
朝顔の松公園石碑の右側には善太夫嶋堤(ぜんだゆうじまつつみ)<せぎ跡>立札が、その後ろには大きな朝顔の松石碑が有ります。
立札には、堤の築堤時期の詳細は不明、宝暦年間(一七五一〜六四)には築かれていた、堤の幅三間半(約六・三m)、高さ六尺(約一・八m)で、
下流に八百間余(約一・四km)続いていたとあります。堤より西は大井川の川原となるため、堤と街道が交わる部分には堰(せぎ)を設けて、板をはめた溝跡が、
この堤には昭和初期まで松の大木があり、朝顔の松と呼ばれ人々に親しまれました、とあります。
36)朝顔の松石碑/朝顔の松公園:公園に入ると、石碑の裏、道路南奥
朝顔は浄瑠璃や歌舞伎にも登場する、盲目の姫君です。恋は盲目。公園中央には、朝顔の松の由来高札、松の木と厳谷小波朝顔の松句碑が有ります。
爪音は 松に聞けとや 春の風。小波は昭和の俳人です。
句碑の先には、朝顔目明観音川除地蔵とあさがほ堂。つまりは、朝顔の目は治ったのです。
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