東海道バーチャルトリップ
52)石段:句碑の先、徒歩81分
旧道は此処からは石段です。石段は右に緩やかにカーブしています。前方右手には、説明板も窺えます。
53)鈴鹿峠説明板と馬の水のみ鉢:石段の先、左手、徒歩81分
写真左側に同説明板が、右奥に水のみ鉢が写っています。説明板はかなり汚れていますが、その説明文には、
鈴鹿峠(378m)を越える初めての官道は「阿須波道(あすはみち)」と呼ばれ、平安時代の仁和2年(886年)に開通した。八町二十七曲といわれるほど、急な曲がり道の連続するこの険しい峠道は、平安時代の今昔物語集に水銀商人が
盗賊に襲われた際、飼っていた蜂の大群を呪文をとなえて呼び寄せ、山賊を撃退したという話や、坂上田村麻呂が立烏帽子という山賊を捕らえたという話など山賊に関する伝承が多く伝わっており、箱根峠に並ぶ東海道の難所であった。
また鈴鹿峠は、平安時代の歌人西行法師に「鈴鹿山 浮き世をよそにふり捨てて いかになりゆく わが身なるらむ」と詠まれている。江戸時代の俳人松尾芭蕉は鈴鹿峠について「ほっしんの 初に超ゆる 鈴鹿山」の句を残している。
鈴鹿国定公園 環境省・三重県、とあります。
また前方の同鉢はコンクリート製?で、まるで有難味が有りません。鉢の正面には石の銘板が貼られており、その説明文には、
馬の水のみ鉢、かつて街道を上り下りする人馬のために水溜がおかれていた、平成4年1月復元、関町教育委員会、とあります。(画像ソフト使用)
54)左折地点:鉢の先、左手
旧道は左に折れて、高度を取ります。
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