東海道バーチャルトリップ
67)元禄の道標:神社の先、右手、道路北側
交差点右手前に元禄の道標立札と道標が、右奥にも道標が建っています。立札の説明文には、
道標とは、道路を通行する人の便宜のため、方向・距離等を示し、路傍に立てた標示物のことである。この道は、江戸時代の東海道であったから、諸所にこの様な道標が建てられていた。従是四丁半北 八橋 業平作観音有、元禄九丙子年
六月吉日施主敬白、と記されており、これは、元禄九年(一六九六)に、在原業平ゆかりの八橋無量壽寺(むりょうじゅじ)への道しるべとして建てられたものであることがわかる。ここから西へ五百メートルの牛田町西端にも、『東海道名所図会』
に記されている元禄十二年の道標が残されている。知立市教育委員会、とあります。現在地は安城市を過ぎて、どうやら知立市に入った様です。
先の東海道見て歩きマップにも、元禄の道標は二か所に表示が有りました。そこで実際に右手前、右奥の道標を調べてみると、右手前道標左側面:従是四丁半北 八橋 業平作観音有、これは立札と同じです。
右奥道標左側面:是より四丁〇〇八橋・・・、とあります。ですから右奥の道標とは、何処からか移されたものかも知れません。
68)来迎寺一里塚:(一里塚が見付からず新田北交差点迄歩き、引返す)、来迎寺入口付近、左手、徒歩490分、道路南側
一里塚は前回来た時には確かに、南側(左手)と北側(右手)の両側に有りました。しかし北側のそれは、今回確認出来ませんでした。
南側のそれは江戸側から順に、来迎寺一里塚説明板、東海道見て歩きマップ、ベンチ、来迎寺一里塚道標。マウンド上の松の木は2本から1本に減少していました。そしてこれが東海道84番目の、来迎寺一里塚なのです。
69)知立市来迎寺町古城塚(さむらい塚)案内看板:一里塚の向い、右手、道路北側
一里塚の向いに、手製の様な同立札が建っていました。市指定文化財古城塚(さむらい塚)とあり、同塚への道順が案内されていました。
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