東海道バーチャルトリップ

58)市指定天然記念物東海道のマツ並木説明板:交差点の先、右手、徒歩417分、道路北側

この説明板も更新されています。以前は白い板に説明文だけでした。説明板の中央には周辺図と現在地、一里塚跡の写真、江戸時代の街道絵図『行程記』が示されています。説明文には、
東海道は江戸と京都をむすぶ主要な街道で、江戸時代後期には総距離約496km(126里6町1間)あり、参勤交代の大名行列、朝鮮通信使、商人、お伊勢参りの庶民が往来しました。徳川家康は、慶長6年(1601)に宿駅を定め、
慶長9年(1604)に一里塚を設置し、沿道の両側にマツを植えさせました。慶長17年(1612)から江戸幕府の道中奉行が街道を直接管理するようになり、沿道・近郷の村に往還掃除丁場(掃除する区間)を定めて、街道を維持させました。
マツ並木は、行き交う人々に夏は緑の木陰をつくり、冬は風雪を防ぐのに役立ちました。安城の東に岡崎宿、西に池鯉鮒(知立)宿があり、その区間約15kmのうち4分の1ほどが安城の北部を横断しています。岡崎宿と池鯉鮒宿の「間の宿」として
大浜茶屋や宇頭茶屋があり、現在その名称が地名として残っています。また尾崎町内には、「東海道一里塚跡」の石碑があり、当時の面影を偲んでいます。東海道は明治時代以降も国道として維持管理が続けられ、400年以上にわたり、
往来する人やものを見守ってきました。近年、沿道のマツが風雪や松枯れなどによりその数を減らしていることから、東海道の歴史的景観を守るためにマツの捕植活動をしています。郷土の文化財を大切にしましょう、安城市教育委員会、とあります。

前回ガイドはこの辺りで、帽子を紛失します。幸いにも発見されましたが、またもやタイムロスです。今思うと岡崎−池鯉鮒間は宿間が長い(〜15km)ので、かなり疲労していたのでしょう。(苦笑)

59)石田橋/石田川:(帽子を探して6分のタイムロス)、徒歩428分

石田川は猿渡川の支流です。

60)小社と秋葉山常夜燈:橋の先、右手、徒歩429分、道路北側

橋を渡ると、右手に小社と常夜燈が有ります。この先、右側は松並木です。

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