東海道バーチャルトリップ

49)太鼓橋と拝殿/明治川神社:木の鳥居の向い、参道右手、徒歩315分、道路南奥

右手には池が有り、太鼓橋が掛かっています。橋の左手前には、明治川神社神池説明板が有ります。また橋の右手前には橋の名が掛かれた石碑も有りますが達筆で、ガイドにはとても読めない。神池説明板には、
明治用水の守護神を奉斎する明治川神社の神池は、明治本流が菅水路になった昭和四十九年から明治用水の流れを引き入れている。しかし、経年により引き込み管路が老朽化したので、これの改修と排水施設の
新設を行い、また「蓑笠を着けて田植えをしている姿」をイメージしたモニュメントを設置した。この事業は、明治用水の悠久の流れと五穀豊穣地域の発展を祈念して施行した。平成十一年四月十八日、奉納明治用水土地改良区、とあります。

また太鼓橋は神が渡る橋であって、人間が渡ってはいけません(と、ガイドは思います)。ガイドは神池を右方から迂回して、拝殿へと向かいます。
太鼓橋の先には真新しい橿原神宮風の拝殿があって、架かる注連縄も天皇家の様な細いそれです。創建は明治13年(1880年)だそうです。拝殿の他にも、神池左には神馬像が有ります。

50)明治川神社社碑と定高札/同神社:木の鳥居の先、道路南奥

ガイドは拝殿で参拝を行い、前述した木の鳥居から退出します。出口の左手には社碑が、右手には定高札が有ります。高札には、定、神社の尊厳を汚す一切の行為を禁ず、明治川神社、とあります。

51)教化史蹟明治用水石碑と石鳥居、社記高札/同神社:出口の南、徒歩316分、道路南奥

神社を退出し車道に出ると、その南方には別の入口が有ります。右側から順に、教化史蹟明治用水石碑、石鳥居、社記高札、駐車場と並んでいます。ですから、こちらの方はマイカー客向けのそれの様です。
石碑に記された教化史蹟ですが、戦前の文部省には教化局も有りました。用水の完成は1881年です。社記には、明治川神社と伊佐雄(いさを)社(末社)の二つの神社が紹介されています。前者の説明文を紹介すると、
一、神社名明治川神社(水神社)、一、例祭鎮座地 四月十八日 安城市東栄町六丁目二十五番地一、一、祭神大水上祖神(みくまりのおやのかみ)水分神(みくまりのかみ)高〇(雨+□*3+龍)神(たかおかみのかみ)、
都築弥厚命伊豫田与八郎命、岡本兵松命西沢真蔵命、一、崇敬者壹萬弐千戸、一、由緒、以下省略、とあります。

ガイドは車道の左側歩道を歩いて、先の明治川神社交差点に戻ります。交差点を左折すると、旧道に復帰します。

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