東海道バーチャルトリップ

34)東高根(ひがしたかね)用水記念碑:右入の先、右手、徒歩270分、道路北側

記念碑の正面には石橋、右側には小ぶりの石灯籠と石のモニュメントが在ります。

35)村社熊野神社:記念碑からすぐ、右手、徒歩271分、道路北側

旧道右手、岡崎宿側から順に、SUS製の元第一岡崎海軍航空隊配置図、注連縄付定高札、参道、参道左手に村社熊野神社社碑、秋葉山常夜燈、台座には国家安全とあります。その先英霊招魂碑、鎌倉街道跡説明板、東海道一里塚石板。
配置図の後ろには予科練之碑、石灯籠の後ろには御大典記念碑、参道先にはポール一対、熊野神社額付、注連縄付石鳥居。注連縄は大社風の、3つの房を持つ太目のそれです。ガイドもベンチで一休み。

36)鎌倉街道跡説明板/熊野神社:参道の先、右手、道路北側

説明文には、一一九二年(建久三年)鎌倉に幕府が開かれると、京都と鎌倉の間に鎌倉街道が定められ、宿駅六十三ヵ所が設置された。尾崎町では、里町不乗(のらず)の森神社から証文山の東を通り、熊野神社に達していた。
街道はここで右にまがり、南東へと下っていったのでこの神社の森を踏分の森と呼んでいる。ここより街道は西別所町を通り、山崎町に出て、岡崎市新堀町へ向かい、大和町桑子(旧西矢作)へと通じていた。
この位置を旧鎌倉街道と伝えており、それを証する「目印しの松」が残されている。昭和五四年十月一日、安城市教育委員会、とあります。

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