東海道バーチャルトリップ
7)左曲り地点/両町2丁目交差点:右折の先、左手、道路南側
旧道は此処で少し左に折曲りますが、ポストなどは置かれていません。ですから、これは道路改修の結果なのでしょう。
8)右折地点/十字路:ポストの先、右手、徒歩17分、道路北側
交差点右手前に道標と、金の草鞋ポスト〇(〇+は)が有ります。道標の正面には岡崎城下二十七曲、両町より伝馬町角、裏面には天正十八年岡崎城主田中吉政は城下の東海道を二十七曲にし、防備を図てた
ここに標識を建て郷土再見の一翼とする昭和五十六年三月岡崎中央ライオンズクラブ建之、匠南書、とあります。
またポストの正面には|→80m〇(〇+は)これより次の伝馬町角〇(〇+に)まで、左側面には↑−80m、→650m〇(〇+は)東海道・・・、右側面には←650m、−↓80m〇(〇+は)東海道・・・、
裏面には↑650m〇(〇+は)これより次の若宮町角〇(〇+い)まで、とあります。そしてここが、27曲りの2回目です。
9)常夜燈:右折すると、右手、道路東側
常夜燈の上部には、石物が格納されています。また常夜燈の正面下部には「常夜燈の由来」説明板が貼られています。その説明文には、
この常夜燈(仏式)は旧東海道岡崎の宿両町の街角に火災防止の祈願から遠州秋葉山永代常夜燈として今より百八十二年前寛政二庚戌年十二月(西暦一七九〇)に建てられたものであります。
その後昭和二十七年七月二十日未明の空襲で災禍にあいましたが昭和四十七年十月二十二日までその原型を留めて居りました。追日の痛みもひどく危険になりましたので取り壊し
その一部「宝珠」を残しこれを安置保存致したものであります。岡崎では最も古い由緒ある常夜燈で目下重要な文化財として惜しまれています。昭和四十七年十月、両町総代神谷順治、以下略、とあります。
博物館ではなく地元で保存されるのも、また愛着の一つなのでしょう。(笑)
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