東海道バーチャルトリップ

40)道標/伝馬通1丁目交差点:左折すると、左側歩道、車道側、道路東側

表面には岡崎城下二十七曲、西本陣前門、裏面には天正十八年岡崎城主田中吉政は城下の東海道を二十七曲にし防備堅固を図ったここに標識を建て郷土再見の一翼とする。昭和五十六年三月岡崎中央ライオンズクラブ建之、〇〇〇、とあります。

41)右折地点/十字路:左折の先、右手、徒歩51分、道路西側

旧道は此処を右に折れます。交差点右奥には金の草鞋ポスト〇(〇+へ)、きらみち道標、SUS製の説明板が有ります。そしてここが、27曲りの5回目です。

42)金の草鞋ポスト〇(〇+へ)、きらみち道標、SUS製の説明板/十字路:交差点右奥、右手、道路西側

写真は池鯉鮒宿側、京方から撮っています。奥から順にポスト、道標、説明板が建並んでいます。ポストの正面(藤川宿側、江戸方)には↑170m〇(〇+へ)これより次の籠田惣門跡まで、右側面には↓−60m、→170m〇(〇+へ)東海道・・・、
左側面には←170m、−↑60m〇(〇+へ)東海道・・・、裏面には←|60m〇(〇+へ)これより次の伝馬通一丁目角〇(〇+は)まで、とあります。
ですが前回のガイドの記録ではポスト正面の表示は、「籠田惣門跡ではなく、籠田惣門碑」とあります。あるいは、ポストは更新されたのでしょうか?

SUS製説明板はきらみち道標の説明板で、中央に岡崎宿二十七曲り道標、その上に西京いせ道←、中央右にきらみち↓、中央左に東京みち↑、明治二已巳年十二月建之、とあります。矢印は指差しの形をしています。(〜指差道標)
念の為きらみち道標の表示を確認すると、正面にきらみち、右側面に西京いせ道、左側面に明治二已巳年十二月建之、裏面に東京みち、とあります。
明治二已巳年ですが、明治2年(1869年)は干支(えと)では已巳(つちのとみ)なのです。干支は十二支と十干(じっかん)から成り、已(つちのと)は十干の6番目の要素です。ちなみに、還暦(60)=12*5、です。(笑)

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