東海道バーチャルトリップ
46)松浦屋木板:石橋屋の向い、左手
47)日坂宿厠WC立札:松浦屋の向い、右手
右に入る通路の奥に見える白い建物が厠です。
48)かえでや木板と藤文・・・日坂宿最後の問屋場役を務めた伊藤文七邸説明板:厠の先、右手
右手石橋屋の先にかえでやが、かえでやの先に藤文が在りました。かえでや木板は説明板の後ろ、建屋入口の右側に貼られています。
藤文・・・説明板には、商家で屋号は藤文、伊藤文七(号は文陰)翁は安政三年(一八五六)に日坂宿年寄役となり、万延元年(一八六〇)から慶応三年(一八六七)にかけて日坂宿最後の問屋役を務めた、
明治四年(一八七一)の郵便制度開始と同時に郵便取扱所を自宅・藤文に開設、取扱役(局長)に任ぜられ、日本最初の郵便局の一つ、明治九年(一八七六)十一月には昭憲皇太后、翌十年(一八七七)一月には
英照皇太后がご休憩、この建物は藤文部分が江戸末期、かえで屋部分が明治初期に建てられた、掛川市に寄贈、文久二年(一八六二)の宿内軒並取調書上帳では今の伊藤家は藤文・かえで屋に分かれていた、とあります。
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