東海道バーチャルトリップ
7)千句塚公園入口:石鳥居の先、徒歩114分、道路東奥
通路左手に壁画と、その左には上り階段も続いています。壁画の上には千鳥塚→道標も建っています。壁画には魚の様な千鳥二羽と波の絵が描かれており、「星崎の 闇を見よとや 啼く千鳥、芭蕉」の句も刻まれています。
その下には公園の名、千句塚公園が彫られています。此処は千鳥塚公園ではなく、千句塚公園なのです。(笑)
通路はこの先かなり急な上り坂で、左手には千鳥塚↑道標も建っています。同公園は高台に在る為、此処からの景色、夜景も素晴らしいと言われています。ガイドは公園の見学は後回しにして、このまま通路を直進します。
8)千鳥塚→道標/千句塚公園:壁画の先、左手、道路東奥
通路を直進すると、左手に同道標が建っています。矢印は依然、鮮やかな赤色を保っています。
9)千鳥塚立札と千鳥塚/同公園:道標の先、左手、徒歩116分、道路東奥
石段の右手には立札が建っており、その先石段は千鳥塚へと続いています。立札の説明文には、この碑は、貞享(じょうきょう)四年(一六八七)十一月七日に鳴海で開かれた連句会において、同地を訪れていた松尾芭蕉が
「星崎の 闇を見よとや 啼く千鳥」の句を詠んだことに因んで建てられたものである。鳴海の千代倉家に伝わる日記には、もとは鳴海の細根山にあったが、宝暦十四年(一七六四)、現在の場所に移されたとある。
石碑の表面に芭蕉の名、裏面には連句会に参加した鳴海の連衆の名、側面に連句会の開催年が記されている。昭和五十二年(一九七七)、名古屋市指定史跡に指定された。名古屋市教育委員会。
塚に刻まれた句は、先の鳴海城跡でも見られました。千代倉家は鳴海駅の北方ですから、ここからはかなり距離が有ります。また鳴海の細根山は、有松天満社の北東に在ります。こちらもかなり遠い。
この塚は芭蕉存命中に建てられた唯一の翁塚だそうです。塚は寺島安信宅で行われた歌仙にちなんだもので、歌仙は連句の主要形式、安信は鳴海本陣寺島家の分家でした。
→次の頁