東海道バーチャルトリップ
70)松田橋親柱/八丁畷公園(旧):
前回来た時のそれも、掲載して置きます。右の親柱には松田橋、左奥のそれにはまつだはし、とありました。緑は今よりも少な目でした。
71)八丁畷の由来と松田橋遺構説明板(旧)/同公園:親柱の右側
説明板に更新は有りません。写真は綺麗な前回の写真の方を採用しています。上側には説明文が、下側には周辺図が描かれており、東海道分間延絵図(文化四年)、愛知郡村邑全図(延享二年)より作図、とあります。
説明文には、天正三年(一五七五年)織田信長が四人の道路奉行を置いて、領内の道路を整備した際(信長公記)浜の道(熱田〜笠寺)も作られ、後に慶長六年(一六〇一年)徳川家康が伝馬制度を定め、その道は東海道の一部となり、このあたりは
田と田の間を通っていたので八丁畷といわれた。井戸田村から浜新開への用水が、この東あたりで北から南へ横断しており、そこに架けられていたのが松田橋である。このたび、保存されていた松田橋の親柱を使い、八丁畷公園に「松田橋」を復元した。
平成5年3月吉日、建設省中部地方建設局、名古屋市国道工事事務所、とあります。
72)国道1号線横断地点/内浜交差点:公園の先、右側歩道
説明板の他には八丁畷公園の銘板位なのでここで公園を後にし、国道1号線の右側歩道を歩きます。内浜交差点では、県道221号線が右から合流します。
内浜交差点には国道を渡る為の内浜歩道橋が付いています。これを使用して、国道の左側歩道に出ます。
→次の頁