東海道バーチャルトリップ

4)小さな祠:水神社の先、左手、徒歩5分、道路南側

今回来てみると、祠には御詠歌の札が貼られていました。駒繋ぐ身は清浄の事ならず 長き手綱で諫め参らす

5)東海道立札+丸子宿木板:小さな祠を過ぎ、右手、徒歩7分、道路北側

立札の下に木板が継がれ、敷地の右手前に置かれています。民家?は新築された様で、庭先には手前から順に、丸子宿年表、江戸時代の丸子宿説明板、木製灯篭が置かれていました。
年表には、1335手越河原の合戦、1504連歌師宗長吐月峰紫(柴?)屋寺をつくる、1590豊臣秀吉宇津の谷通過、1802十辺舎一九「東海道中膝栗毛」発刊、
1814「梅若菜 丸子の宿の とろゝ汁」芭蕉句碑、1833安藤広重「東海道五十三次」を描く、1868明治天皇宇津の谷から手越を通過、とあります。
肉厚の説明板には一里塚、江戸日本橋から四十六里(二十一番目)、とも有ります。Wikiで調べると丸子(丸子六丁目)とありますから、此処でしょうか?

6)松川屋木板:立札の先、右手、道路北側

古めの木板が民家の入口右側に貼られています。

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