東海道バーチャルトリップ

13)西町常夜灯と西町常夜灯説明板高札、舞阪町舞坂宿大型道標/十字路:脇本陣の先、交差点左手前、徒歩48分、道路南側

交差点の左手前に常夜燈と高札、大型道標が在ります。常夜燈には注連縄が置かれており、台座は常夜燈、胴の正面は両皇太神宮、右側面は秋葉大権現と彫られています。
常夜燈の右側には西町常夜灯説明板高札が、その右には同大型道標が在ります。浜松宿宿境まで三里、新居宿宿境まで一里十町。説明板には、
舞阪には往還道路沿いに三つの常夜灯があるが、ここは正面が両皇大神宮、西面が秋葉大権現、東面が津嶋牛頭天王、南面が文化十年二月吉日、願主西町中、と彫られており、
この常夜灯は文化十年に建立されたことが分かる。舞坂宿では文化六年(一八〇九年)西町より出火、宿の大半を焼く大きな火事があり復興に大変難儀をしている。当時火防せの山、
秋葉信仰の高まりとともに人々の願いによりこの常夜灯が建立されたもので、その世話は現在も西町の人たちに引き継がれている。浜松市教育委員会、とあります。

浜松市教育委員会は白塗りですので、修正された部分なのでしょう。浜松市への編入は2005年の事です。

14)舞坂宿の渡船場、本雁木(ほんがんげ)跡説明板高札/十字路:交差点左奥、徒歩49分、道路南側

説明文には、
江戸時代、舞坂宿より新居宿までの交通は渡船であり舞阪側の渡船場を雁木といった。雁木とは階段状になっている船着場のことをいい本来は「がんぎ」と読むのが舞阪では「がんげ」といっている。
ここは東海道を旅する人が一番多く利用した本雁木跡で東西15間、南北20間の石畳が往還より海面まで坂になって敷かれていた。またここより新居へ向かう船は季節により多少変わるが、
関所との関係で朝の一番方は午前4時、夕方の最終便は午後4時であった。浜松市教育委員会、とあります。

将棋にも、この雁木囲いが有ります。因みに雁行とは、雁の飛行形態の事です。各国空軍でも採用されています。(笑)

15)本雁木跡:交差点の先、徒歩50分

現在は普通の港です。左手には浜名大橋(正面奥)が、右手には赤鳥居(写真右外)が窺えます。

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